雲取山 ページ11
それから数年後。
雪に閉ざされた雲取山の、その真っ白な雪の上に朱い血が飛び散っていた。
朝なのに迂闊にも外に出てしまっていた私は、まだ雪が舞っているのに安堵しながら木の上でそれを見つめていた。
雪が降っている間は、雲に遮られて日は差さないだろう。
きっとこの人間たちを殺ったのは無惨様だ、と私は死体を見ながら思う。
そうでなければこのような傷つけられない。
襲われてから随分時間が経ったようだが、まだ血の濃い匂いは消えることなくその場を漂っていた。
じっと、倒れた人間たちを凝視した。
下に降りてもよかったが、それでは雪の上に足跡がついてしまう。それは避けたかった。
長い髪を振り乱した少女が、まだうまく舌が回らない程幼い男児を庇って戸口の前で倒れている。
家の中では、母親ともう一人の少女──戸口の少女より幼い見た目だ──が折り重なるように壁にもたれかかって息絶えており、他の少年二人がそのすぐ脇に倒れていた。
・・・庇っている。守ろうとしていたのか。
きっと、この家族はお互いのことを何よりも大事に思っていたのだろう。
やるせない気持ちが湧き上がってきて、私は首を振った。
今更何だ、と思う。
私を苦しめていた両親はもう死んだ。
そして、唯一の肉親である千花は大事な可愛い妹だ。それに偽りはない。
でも、血の繋がった相手に冷遇されたというその過去は、何年立っても私の心の中に影を落とすのだ。
鬼になったばかりの頃に比べれば、”それ”は比較的楽になったはず。
だが、忘れることはできない。
今のように些細なきっかけが原因で、あの嫌な思い出はいとも簡単に蘇ってくる。
ため息をついて、私はその場に背を向けた。
この一家を喰う気には、どうしてもなれなかったのだ。
ふと誰かの足音が聞こえて、私はすぐにそこを立ち去った。
しばらくして、少年の絶叫が聞こえてくる。
奇妙に生気の消え去った冷たい山の中で、その悲痛な叫び声はこだました。
声は止み、静寂が戻ってくる。少年は、この氷に閉ざされた場所で、たった一人だった。
・・・私は人ではないのだから、彼にとっての”もう一人”にはなれない。
無関係なのに、どうしてこうも気になるのだろう?
そもそも私は殺す側なのに。
彼の絶望に満ちた声が、何故か今も聞こえる気がした。
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緋月 - たまきさん» うまかった!(^^) (2023年2月21日 13時) (レス) id: eec4e6d19c (このIDを非表示/違反報告)
たまき(プロフ) - 緋月さん» あねwwならよかった (2023年2月21日 12時) (レス) id: 10bfc6b38c (このIDを非表示/違反報告)
緋月 - たまきさん» まぁ、2つ食べれたからよかったんだけどねw (2023年2月21日 8時) (レス) id: eec4e6d19c (このIDを非表示/違反報告)
たまき(プロフ) - 緋月さん» 忘れるな!?当日に忘れるな!!w (2023年2月21日 7時) (レス) id: 10bfc6b38c (このIDを非表示/違反報告)
緋月 - たまきさん» ありがとう!🐜ケーキは今朝食べた。昨日は忘れてたらしい (2023年2月20日 15時) (レス) id: eec4e6d19c (このIDを非表示/違反報告)
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