Ep.149 怖くないのが ページ49
潮風に曝されて、肺いっぱいに空気を吸い込むと、さっきまで屋内にいたせいかちゃんと海の匂いがした。
船尾の甲板には誰もいなかった。
お膳立てされた舞台のようだ。いや、みんな忙しいんだろう。もう何時間としないうちに船は港へ着いてしまう。
柵に体重を預けて、船が作る白い波を眺めた。
曇ってはいるけど悪くない。もしここで私が死んだとしても────……。
「どうも、お嬢さん」
そのとき唐突に背後から声をかけられた。
「怪盗キッド……」
ほとんど反射で答えた。
その口調、声、思い付く相手は一人しかいない。話しかけられるまで存在に気付けなかったその神出鬼没さも。
横に並んだのはいつかの船医ではなかった。
装いはあくまでただの青年だが、抽選で一般客も乗り込んでいるこの船では取り立てて目を引くほどの違和感もない。キャップを目深に被っているのもさほどおかしいことではなかった。
「今日はお一人ですか?」
「……変装してないんだ」
「ええ。仕事は終わりましたから」
「私が怪盗に大した敵意も興味もない相手だから?」
「さすがは噂の女子高生探偵。まあ、そういうことで」
こちらがまっすぐ視線を向けても、同じ態度が帰ってくることはない。掴みどころのない、掴ませない雰囲気が彼にはあった。
「……もう終わりだね、クルーズ」
「え? ああ、そう……ですね?」
一見不自然なような沈黙が降りる。
私は考えていた。数秒の間考えて、そして腹を決め、口を開いた。
横から強く風が吹きつけなびく髪を押さえる。
「私、やらなきゃいけないことがあって」
無言の疑問が向けられた。それもそうだ。私が彼の立場なら、コイツは急に何を言い出すんだと冷めた目で見てから少し物理的に距離を取るかもしれない。
けれど構わず続けた。
「昔からさ、やりたいって思ったらなんでもやるタイプだったんだけど。探偵としてのスキル……尾行や調査のやり方は気になるだけ聞いたし、わざわざ社員の敷地借りてミッション車の運転も教わったりして。でも今は────」
私はここで出会っただけの怪盗に何を話してるんだろう。
「怖くないのが、少し怖い」
けど、他人だからよかったのだと思う。なんの付き合いも利害関係もない人間なら誰だって。
1656人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「名探偵コナン」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ほろにがクラゲ(プロフ) - 莉久さん» わーありがとうございます❗無理なく書いてるものなので、無理なくお楽しみいただければ嬉しいです٩(*´∀`*)۶ キッド様のキザさ、出せているでしょうか…!?🙄(不安) (2022年8月29日 18時) (レス) id: 5ce108a39e (このIDを非表示/違反報告)
莉久 - こんにちは!なかなか時間が取れなくて、ちびちび読んでたんですけど、めっちゃくちゃ面白いです!素直に言って好きです。大好きです。コナンとも打ち解けて、……これからの展開が楽しみです!キッドがキザッ!好きッ!忙しいとは思いますが、更新頑張ってください! (2022年8月28日 16時) (レス) id: 28e45e7c9c (このIDを非表示/違反報告)
ほろにがクラゲ(プロフ) - サワーさん» わわっ、最初からずっと…!お付き合いありがとうございます!お飲みくださる方々に楽しんでいただければそれが何よりです、最後まで頑張ります!💪 (2022年8月26日 17時) (レス) id: 5ce108a39e (このIDを非表示/違反報告)
サワー(プロフ) - ずっと最初から読んでいた小説がついにクライマックス…!これまでずっと書き続けてくださってありがとうございます!これからもご自身のペースで無理せず書き続けて頂ければと思います!私も毎回楽しみにしています! (2022年8月25日 22時) (レス) @page45 id: fbf43580c0 (このIDを非表示/違反報告)
ほろにがクラゲ(プロフ) - 推しの財布さん» コメントありがとうございます!段々ややこしくなってきてしまったなと心配していたのでお褒めの言葉とっても嬉しいです…ε-(´∀`*)✨ (2022年7月24日 22時) (レス) @page31 id: 5ce108a39e (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:ほろにがクラゲ | 作成日時:2022年3月11日 12時