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  ____東北地方に在る、とある有名な喫茶店。気侭に開くその木製の扉を潜れば古惚けた硝子が擦れる音と共に眼前に広がる、店員達のセピア色の笑顔____

___若い笑い声と共に出される珈琲は日によって異なり、一度飲めばその味を一生忘れることは不可能だと噂されるほど絶品らしい____

____まったりと心を休められるその空間は、まるで、喫茶店の時間が進んでいないような、不思議な気持ちになれる。そんな不思議な喫茶店の店員達が繰り広げる『風ぐるま』の日常___


この忙しい世間に疲れたなら、一寸ここで一息でも、如何でしょう。

ゆるゆるとした日常へ、ご案内。



 「おはようございまーす」

 朝の八時。通勤ラッシュと共に俺は、喫茶・風ぐるまに入った。

 カランコロンと鳴る入り口のドアに取り付けられた鈴の音色が心地いい。春だからか、太陽はいつにも増して俺に優しく、暖かい日だまりを送って、俺の眠気を歳骨頂にする。

 嗚呼、今なら最っ高のコンディションで今までに体験したこともない極上の眠りを体験できる。もう、このまま……。

 通勤早々店の前で二度寝をするという社会人としての醜態を晒しそうになった時、すぐ後ろから声がし、俺の後頭部にデコピンを食らわした。

 奴が居る!

 「おいおい田中、なんだ? その、「奴が居る!」って。店先で寝るな。俺が入れん」

 「あ、志村」

 俺が名前を呼ぶと、少し呆れたように「おはよう」と言った。

 俺も挨拶で返す。

 「しかし田中、お前はもう少し早く寝た方がいい。毎朝これだと大変だぞ。俺と会った時はこうやって起こしてやるが、他の人だったらそうはいかないだろ」

 肩からずり落ちていた鞄をかけ直し、店の奥、即ち休憩所に入る。休憩所の中には他に二つの鞄が有った。

 「それこそ、越前さんとか?」

 「嗚呼。あの人は特に要注意だな。人間としては好きだが、どうも合う気がしない」

 「ははは、俺と居る時点でああいうタイプの人とは合わないよ」

 鞄から制服を出し、エプロンを腰に巻く。

 ここ喫茶・風ぐるまのエプロンは他の店とは色が違い、店長の弘津さんのイメージカラーである銀で染められている。左端に小さな赤色の風ぐるまが刺繍されているのも、少しお洒落で、俺は気に入っている。

 「確かにな。俺もお前に毒されたか」

 そう言って志村は笑った。

 「他に言い方はないの」

 「ない、いや、有る……やっぱり無い」

 「そっかぁ」

 俺らが下らない話で盛り上がっていると言えない訳でもないような時、いきなり休憩所のドアが開いた。あまりに突然のことで、流石の俺も少し肩が上がった。

 「おっはよーお二人さん」

 「おはようございます、神田さん」

 二人で軽く頭を下げると、神田さんは身に付けている黒いバンダナを掻いて、

 「そんなに固くならなくていいって、あれほど言ったじゃん。俺に敬語とさん付けは要らないよー。ほら、ね?」

 開いた両手をそれぞれの頬の近くに持っていき、にっこりと笑って見せる神田さん。

 「まあ、一応先輩ですしおすし」

 「えー田中、一応ってなんだよー。ま、とどうでもいいけど」

 あ、いいんだ。

 神田さんは制服のエプロンをヒラヒラ揺らしながら、昨日やっていたドラマやお笑い番組の話、面白いニュース、通勤電車内での驚く話、笑える話、ほのぼのする話。

 色んな色の引き出しから、様々な話題を、あっちへ行ったりこっちへ行ったりの脱線を繰り返しながら、俺達に話してくれる。

 彼はとても話題が豊富だから、一緒に居て疲れるけど、飽きはしない。

 「そういえば」

 そろそろ開ける時間が近くなってきたもんだがら、三人揃って手を洗って店内を掃除していると、ふと、神田さんが何かを思い出したかのように口を開いた。

 「休憩所に有った黒の革鞄。あれ越前のでさ」

 「へぇ、越前さんもいい趣味してるなー」

 「田中、その言い方は誤解が生まれそうだな」

 志村はまた、笑いながら言った。

 「俺、越前と一緒に出勤したんだけど、何か突然居なくなっちゃったんだよな。何処に居るとか、知らね?」

 「さあ、知らないです」

 「何か買いに行ったとかでは?」

 志村はモップをかけながら、俺は窓を拭きながら答えた。

 長い年月のうちに溜まった煙草のヤニが、店内の至るところの硝子を黄ばませている。

 お客さんは誰一人としてこの事に何も言わないし、寧ろ黄ばんでるから味がある、と言ってくれた人も居たけど、やっぱりここは綺麗にしたい。

 これ、落ちないんだよなぁ……。

 俺も喫煙者たがら、煙草についてのマイナス点はおでんに入ってる大根みたいに骨身に染みている。

 だからこそ、嫌なんだ。

 「二人とも知らないのかー。えー、如何しよう」

 「第一、俺も田中も、あの人と接点なんて有りませんよ。話かける勇気なんてないです」

 「分かる、めっちゃ分かる。顔が怖いんだよ、顔が。
こーんな鬼みたいな顔しちゃってさー」

 音をたててだるそうに掃除道具を片付けながら、神田さんは時折自分の頬を引っ張ってみたり、押してみたり、舌を出してみたりなんかして、遊んでいた。

 「二人は何か面白い話とかない? SNS系でもいいからさ」

 「え、そうですね」俺はいきなり振られたことに少し驚きつつ、「これ、実際に在ったことなんですけど」と少し前置きをした。
  「お、何々? ホラー系?」

 俺達三人は他に従業員が居ないのを良いことに、勝手に店の器具で珈琲を淹れ、入り口辺りに近い席に、俺と志村、向かい側に神田さんになるように座った。

 「一昨日、ぐらいだったかな。志村と一緒にお昼を食べに行ったんです。ほら、駅前に新しく出来た」

 神田さんは珈琲に砂糖を二三個入れながら、「知ってるぜ、トンカツ屋だろ?」と俺の言葉を遮った。俺は続ける。

 「はい、そのトンカツ屋に行ったんです。新しく出来たお店でしたから、中は満員で二時間ぐらい待たなきゃいけなくて、入り口付近に置いてある名簿にタナカって書いたんです」

 ここまで言うと、志村はやっと思い出したのか「嗚呼、あれか」と手を打った。

 「段々人が少なくなってきて、そろそろ俺達かな、と思った矢先に、今までは『ヤマグチ様ー』とか、『イシイ様ー』だったのが、いきなり『ダザイ様ー』って呼ばれて、その次に『オダサク様ー』。次に『アンゴ様ー』って呼ばれたんです。嗚呼、ここで文豪達によるシュッパイ話が始まるんだなって思いました」

 「あれは凄かったな。無頓派勢揃いだ」

 「ルパンの再現みたいだったよね」 

 俺が話終わると、神田さんはぐいっと珈琲を飲んだ。

 「ごめん、二人とも」

 「はい」

 「何言ってるのか全く分からないや」

 神田さんは目を細目ながら、「太宰? 安吾? え、誰?」と一人呟いている。

 「あ、えっと、何かすみません」

 俺は何だか悪いことをしてしまったような気がして、取り敢えず謝った。



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作者名:一介の爬虫類 | 作成日時:2017年9月14日 23時

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