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彼女はなぜ、恐ろしい計画を実行してしまったのか。
彼女はどうして、愛する人をその手にかけてしまったのか。
「私、間違ったことしてませんよね？」
無邪気な笑みを貼り付け、彼女は聞いた。
これはまだ、ほんの始まりの物語。
当作品はヤンデレ描写を含むホラーです。
短編小説コンテスト様参加作。
彼女はなぜ、恐ろしい計画を実行してしまったのか。彼女はどうして、愛する人をその手にかけてしまったのか。
「私、間違ったことしてませんよね？」
無邪気な笑みを貼り付け、彼女は聞いた。
これはまだ、ほんの始まりの物語。
当作品はヤンデレ描写を含むホラーです。
短編小説コンテスト様参加作。
『ずっとずっと、そらのとなりにいてね。やくそくだからね？』
『うん。やくそく……』
保育園の近くにある坂を登りきった向こう。
樹齢千年を超えると言われる桜の下で、交わした約束は未来永劫破られることないと噂されている。私──そらと幼なじみの彼方はその桜の下で「ずっとそばにいること」を約束した。
桜の下で約束したからと言って、それがずっと破られないなんてことはないはずなのに。
まして、子供の口約束ほど信用出来ないものはなかったのに。
小さかった私は、彼方がずっと私のそばにいてくれるんだと盲信していた。
絶対なんて、あるはずないのに──。
携帯のアラームに起こされ、私はベッドの上で身体を起こす。
また、小さな頃の夢を見た。
一体いつからそんな夢を見るようになったのか、覚えていないけれど……確かなことがあるとすれば、それは彼方が私の隣にいない時に限って見る夢だということ。
「あんな約束、なんの拘束にもならないのに……」
そう呟いて、ケットを握りしめる。
今、彼方の隣で笑っているのは私たちが通う学校で一番の美人と言われる佐藤しおだ。二人はお似合いの美男美女カップルと言われ、確かに背がすらりと高い彼方と彼女は理想のカップルのようにも見えた。
けれどそれは、彼方が佐藤さんと付き合う前から、……彼方が何人も前の彼女と付き合っていた頃から噂されていたことで、その度に私の中にはどす黒い、嫌な感情が湧いていた。
「あーあ、一生目なんか覚めなきゃいいのに」
そう呟いて、身体をベッドに預ける。さらりと顔にかかった自分の髪を退けようとした手が視界に入り、思わず目を細める。
日に焼けやすい私の手は、白魚のような綺麗なそれとは程遠い。小麦色に焼けた健康的な肌の色を見ていると、彼方の歴代の彼女たちを思い出させて、朝から気分は急下降する。
「……みんな、白かったなぁ」
女の私から見ても可愛くて、どんな洋服だって着こなしてしまう。そんな彼女らのことをうっかり想像した私はたまらず枕に顔を押し付けて叫んだ。
『そら、早くしないと遅刻するわよ！』
階下から聞こえる声に急かされて、枕に顔を埋めたまま、のろのろと枕元にあるはずの携帯を探す。
コツンと指先にあたったそれを掴んで、枕の隙間から横目に見ると画面に表示される時間はもう七時。
「嘘っ！」
アラームは六時に設定していたから、……多分しばらく気付かないで爆睡していたということだ。
「こんなことしてる場合じゃない！」
ベッドから飛び下りて、ベッドから少し離れたところに設置されたクローゼットを乱暴に開ける。パジャマを脱いで、学校指定の制服のブラウスに袖を通して、ボタンもとめずにスカートをはく。
彼方の好みは膝上三センチ。
スカートを巻いて丈を調節したら、リボンとノースリーブのカーディガンを引っ掴んで階段を駆け下りる。
「お母さんおはよっ！」
「おはようじゃないわよ。あんなに爆音でアラームかけてて、なんで起きられないのかしら。ほら、早く食べて」
片付かないでしょ。と新聞を見ながらトーストをかじるお母さん。
「だったら早く起こしてよ！あー、もう、髪セットしてる時間ないじゃん」
ブラウスのボタンをとめながらトーストを咥え、私は空いた手でリビングに置いていたカバンを引っ掴んだ。
「行ってらっしゃい」
カーディガンはちゃんと着なさいよー、というお母さんの声を無視して私はひたすらに走る。
遅刻遅刻ぅ、と言いながらパンを咥えるなんて、ちょっと前の少女漫画みたいなシチュエーションだ。これで私の目の前に曲がり角があって、イケメン男子(この場合は彼方である)とぶつかったなら、多分そこから恋が始まるはず。
なんて、現実逃避しながら。
「あれ、そらじゃん。そらも遅刻？」
背後から聞こえた声に、私は振り向く。
こんな都合のいい出会い、あるんだろうか。少し離れたところを制服姿の彼方が走っている。少しよれた制服が、私の胸をちくんと刺激して、痛い。
「うっ、うん。彼方もなんだ……」
少し減ったパンを口に詰め込みながら、私は彼方をちらちらと見る。小さな頃から見ていた、弱虫で泣き虫で可愛かった彼方の面影はすっかりなりを潜め、私と並走する彼方は手足の長い、男性アイドルばりのイケメンになっている。
こんな姿じゃ、女が途切れないのも納得できるけど──、どうして私の隣にはいてくれないんだろう。
私の方が彼女たちよりも先に、一緒にいるって約束していたのに。
また、黒い感情が湧いて出る。
「久しぶりだよな。こうやってそらと一緒に走るの。ほら、遅刻しそうになってさぁ、二人でぎゃあぎゃあ言いながら走ってったじゃん」
彼方が言っているのは、多分中学の時のこと。あの時は彼方が寝坊して、私は家の外で待ちぼうけを食らわされたんだっけ。
それを彼方が起こしにこいって怒って──、ふふっと思わず笑みがもれた。
「あ、笑った」
「はっ……？」
「ずっと怖い顔してたよ。何、もしかして俺と学校行けなくて寂しかったの？」
にやにや笑って、彼方が聞く。
すうっ……、と身体中の熱が引いていくのがわかった。
コイツは私の知ってる彼方じゃない。
どうして、私の彼方はこんな顔で笑うような人じゃなかったのに。
彼方はこんな気持ち悪い顔なんてするはずないのに。
──汚されてしまった。
頭の中はそれでいっぱいだった。私が、いつか彼方はここ に戻ってくると信じてほうって置いたから……。
──あの女たちと付き合ったから、彼方がそらとの約束を忘れたから。
足が止まった。何十キロもある重りを取り付けた後のように、私の足は動くことを拒否している。
「……そら？」
寒くもないのに身体が震え、全身の血がマグマのように熱くたぎって、顔面をかっかと燃やしている。
「……そんなの、そんなの許さない」
だって、だって──。
彼方はそらのものなのに。
全く別人に変わってしまうなんて、そらの知らない彼方になるなんて、許せない。
濃度の高い真っ黒なインクが身体に落ちて、白い紙に滲んでいくように私をじわじわと侵食する。
「私、休む」
たったそれだけの言葉を発するのに、いらなく勇気を振り絞ったような気がした。
彼方の顔を見ることが出来ない。何か言われる前に、私は急いで踵を返す。後ろで彼方の声が聞こえるけれど、私の頭がその言葉を処理することを拒絶しているようだった。
──あんなの、あんなの私の彼方じゃない。彼方はあんな笑い方しない。
彼方が付き合った女たちが、彼方を歪めてしまったんだ。
正さなきゃ、戻さなきゃ……。
私の脳裏に浮かぶのは、あの桜の木の下ではにかむ幼い彼方の姿だった。
断ち切らなきゃ。
これ以上彼方が汚されて、壊されていく前に。
「私が、彼方を解放しなきゃ。……彼方が化け物になっちゃう」
生温い風が、私の項をそっと撫でた。
私の頭の中でゆっくりと築かれていく、恐ろしい計画を後押しするように。
いつか訪れるだろう未来の私が、「これで王子 は救われる」と血塗れた包丁を差し出した。
『うん。やくそく……』
保育園の近くにある坂を登りきった向こう。
樹齢千年を超えると言われる桜の下で、交わした約束は未来永劫破られることないと噂されている。私──そらと幼なじみの彼方はその桜の下で「ずっとそばにいること」を約束した。
桜の下で約束したからと言って、それがずっと破られないなんてことはないはずなのに。
まして、子供の口約束ほど信用出来ないものはなかったのに。
小さかった私は、彼方がずっと私のそばにいてくれるんだと盲信していた。
絶対なんて、あるはずないのに──。
携帯のアラームに起こされ、私はベッドの上で身体を起こす。
また、小さな頃の夢を見た。
一体いつからそんな夢を見るようになったのか、覚えていないけれど……確かなことがあるとすれば、それは彼方が私の隣にいない時に限って見る夢だということ。
「あんな約束、なんの拘束にもならないのに……」
そう呟いて、ケットを握りしめる。
今、彼方の隣で笑っているのは私たちが通う学校で一番の美人と言われる佐藤しおだ。二人はお似合いの美男美女カップルと言われ、確かに背がすらりと高い彼方と彼女は理想のカップルのようにも見えた。
けれどそれは、彼方が佐藤さんと付き合う前から、……彼方が何人も前の彼女と付き合っていた頃から噂されていたことで、その度に私の中にはどす黒い、嫌な感情が湧いていた。
「あーあ、一生目なんか覚めなきゃいいのに」
そう呟いて、身体をベッドに預ける。さらりと顔にかかった自分の髪を退けようとした手が視界に入り、思わず目を細める。
日に焼けやすい私の手は、白魚のような綺麗なそれとは程遠い。小麦色に焼けた健康的な肌の色を見ていると、彼方の歴代の彼女たちを思い出させて、朝から気分は急下降する。
「……みんな、白かったなぁ」
女の私から見ても可愛くて、どんな洋服だって着こなしてしまう。そんな彼女らのことをうっかり想像した私はたまらず枕に顔を押し付けて叫んだ。
『そら、早くしないと遅刻するわよ！』
階下から聞こえる声に急かされて、枕に顔を埋めたまま、のろのろと枕元にあるはずの携帯を探す。
コツンと指先にあたったそれを掴んで、枕の隙間から横目に見ると画面に表示される時間はもう七時。
「嘘っ！」
アラームは六時に設定していたから、……多分しばらく気付かないで爆睡していたということだ。
「こんなことしてる場合じゃない！」
ベッドから飛び下りて、ベッドから少し離れたところに設置されたクローゼットを乱暴に開ける。パジャマを脱いで、学校指定の制服のブラウスに袖を通して、ボタンもとめずにスカートをはく。
彼方の好みは膝上三センチ。
スカートを巻いて丈を調節したら、リボンとノースリーブのカーディガンを引っ掴んで階段を駆け下りる。
「お母さんおはよっ！」
「おはようじゃないわよ。あんなに爆音でアラームかけてて、なんで起きられないのかしら。ほら、早く食べて」
片付かないでしょ。と新聞を見ながらトーストをかじるお母さん。
「だったら早く起こしてよ！あー、もう、髪セットしてる時間ないじゃん」
ブラウスのボタンをとめながらトーストを咥え、私は空いた手でリビングに置いていたカバンを引っ掴んだ。
「行ってらっしゃい」
カーディガンはちゃんと着なさいよー、というお母さんの声を無視して私はひたすらに走る。
遅刻遅刻ぅ、と言いながらパンを咥えるなんて、ちょっと前の少女漫画みたいなシチュエーションだ。これで私の目の前に曲がり角があって、イケメン男子(この場合は彼方である)とぶつかったなら、多分そこから恋が始まるはず。
なんて、現実逃避しながら。
「あれ、そらじゃん。そらも遅刻？」
背後から聞こえた声に、私は振り向く。
こんな都合のいい出会い、あるんだろうか。少し離れたところを制服姿の彼方が走っている。少しよれた制服が、私の胸をちくんと刺激して、痛い。
「うっ、うん。彼方もなんだ……」
少し減ったパンを口に詰め込みながら、私は彼方をちらちらと見る。小さな頃から見ていた、弱虫で泣き虫で可愛かった彼方の面影はすっかりなりを潜め、私と並走する彼方は手足の長い、男性アイドルばりのイケメンになっている。
こんな姿じゃ、女が途切れないのも納得できるけど──、どうして私の隣にはいてくれないんだろう。
私の方が彼女たちよりも先に、一緒にいるって約束していたのに。
また、黒い感情が湧いて出る。
「久しぶりだよな。こうやってそらと一緒に走るの。ほら、遅刻しそうになってさぁ、二人でぎゃあぎゃあ言いながら走ってったじゃん」
彼方が言っているのは、多分中学の時のこと。あの時は彼方が寝坊して、私は家の外で待ちぼうけを食らわされたんだっけ。
それを彼方が起こしにこいって怒って──、ふふっと思わず笑みがもれた。
「あ、笑った」
「はっ……？」
「ずっと怖い顔してたよ。何、もしかして俺と学校行けなくて寂しかったの？」
にやにや笑って、彼方が聞く。
すうっ……、と身体中の熱が引いていくのがわかった。
コイツは私の知ってる彼方じゃない。
どうして、私の彼方はこんな顔で笑うような人じゃなかったのに。
彼方はこんな気持ち悪い顔なんてするはずないのに。
──汚されてしまった。
頭の中はそれでいっぱいだった。私が、いつか彼方は
──あの女たちと付き合ったから、彼方がそらとの約束を忘れたから。
足が止まった。何十キロもある重りを取り付けた後のように、私の足は動くことを拒否している。
「……そら？」
寒くもないのに身体が震え、全身の血がマグマのように熱くたぎって、顔面をかっかと燃やしている。
「……そんなの、そんなの許さない」
だって、だって──。
彼方はそらのものなのに。
全く別人に変わってしまうなんて、そらの知らない彼方になるなんて、許せない。
濃度の高い真っ黒なインクが身体に落ちて、白い紙に滲んでいくように私をじわじわと侵食する。
「私、休む」
たったそれだけの言葉を発するのに、いらなく勇気を振り絞ったような気がした。
彼方の顔を見ることが出来ない。何か言われる前に、私は急いで踵を返す。後ろで彼方の声が聞こえるけれど、私の頭がその言葉を処理することを拒絶しているようだった。
──あんなの、あんなの私の彼方じゃない。彼方はあんな笑い方しない。
彼方が付き合った女たちが、彼方を歪めてしまったんだ。
正さなきゃ、戻さなきゃ……。
私の脳裏に浮かぶのは、あの桜の木の下ではにかむ幼い彼方の姿だった。
断ち切らなきゃ。
これ以上彼方が汚されて、壊されていく前に。
「私が、彼方を解放しなきゃ。……彼方が化け物になっちゃう」
生温い風が、私の項をそっと撫でた。
私の頭の中でゆっくりと築かれていく、恐ろしい計画を後押しするように。
いつか訪れるだろう未来の私が、「これで
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さっくさく。(プロフ) - 千々さん» コメントありがとうございます。動きや感情の描写は少しこだわっていたのでそう言って頂けて嬉しいです。 (2020年4月26日 9時) (
レス) id: 268527d70a (このIDを非表示/違反報告)
千々(プロフ) - イベントからではなく、単純に面白そう、と思って読ませていただきました。とても、続きが気になる作品です。また、動きの描写、比喩などがとても素敵で、気がつけば吸い込まれるようにして読んでいました。このような作品を書いてくれて、ありがとうございます！ (2020年4月26日 9時) (レス) id: df88b28f21 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：さっくさく。 | 作成日時：2020年4月20日 19時
