囲われたミツと花【前編】

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時刻は、夕方5時───…


夕暮れはまだ見えない。
気づいたら、日は長くなっていた。
あんこのご飯をあげないと。


あんこ…


満員電車だったけど、玉ちゃんのおかげで窓側を陣取ることができた。
自然と玉ちゃんは身体で覆ってくれてる。
背が高い。羨ましい。



「ミツはおチビだね」
「うっせえ」



チビイジリも嫌じゃない。
高校の頃はそれも嫌だったのに。玉ちゃんだから、嫌じゃないのかな。



手のひらをツムジにあてられ、グリグリされた。それを見上げると、目が三日月の形になるほど笑っていた玉ちゃんの表情があった。



「あんこがさ、あと3日で太輔の実家に戻るんだ」
「…そっか」
「あんこが居なくても、行ってもいいかな？玉ちゃんの病院」
「…当たり前だろ。来てくれなきゃ困る」
「………」
「ミツは、ウチの大切なスタッフなんだから」



人には、役割がある。
何役も(いくつも)。例えば、玉ちゃんは、街の獣医さん。動物にとっての先生。家では、息子だったり、兄という役割。俺が知らないだけでたくさんの役割を担ってるだろう。誰かの恋人や、誰かの友人…という。




そして、玉ちゃんは、俺に役割を与えてくれた。
母ちゃんの息子、太輔の恋人という役割以外のものを。





「…ありがとう」



泣きそうになってしまい、目を見ないように俯いた。




「……！」



すると、俯いたその先に…
キーホルダーが見えた。
玉ちゃんの手のひらの上に乗ったキーホルダー。



手のひらより小さなキャラクター。



「マジック使ってみた」



それは、今日一緒に行ったテレビ局で放送されてる人気キャラクターだった。



「…ずるいよ、」



その手のひらに、ポツリポツリと雫が落ちる。
キャラクターを覆ってるビニールが濡れる。



そのキャラクターは笑っていた。



「この笑顔、ミツに似てるよね」
「……似てねーよ」



嘘、ありがとう。
素直になれず、逸らしてしまう。
でも、陽は落ち始め、窓から見える空は暗くなってきていた。その窓ガラスに薄く車内が映る。
窓ガラス越しに玉ちゃんを見る。



玉ちゃんの横顔を見た後、手のひらがそっと何かに包まれた。かと思うとぎゅっと上から重ねるように握られ、ゴツゴツしたものが主張した。



また俯くと、さっき玉ちゃんの手のひらにあったキーホルダーが俺の手の中にあった。



「観光記念にどーぞ？」
「……ありがとう」



真っ直ぐな玉ちゃんには、自然と素直になってしまう。

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