走れ、僕ら。【企画設定集】

＊ ページ17

過去:

かつて、有力財閥の令嬢に代々仕える召使いであった。彼女の一番身近での身辺管理と警護を幼い時から担当していたため、一族から地獄の様に過酷な訓練を強いられた。しかし、その他の待遇は悪くなかったし、ここで一生を終えるのだろうなとぼんやり思っていた。何より、いつしか自分が彼女のことを好いていると気づいてから、誰より近くにいれる位置を天国とさえ感じていた。

教育場に入ってから、彼女は物語を読み耽った。よくもそんなに興味が湧くものだ、と思いながらトーマンはチェスに夢中になった。周囲の面々では並ぶものはいないと言われるほどの策略家だった。可愛らしいインテリアを見つけては「彼女に当てて」購入した。四年生になった時、彼女が平民の男がお姫様と奇跡の魔法で幸せに結ばれる御伽噺を嬉々として持ってくる。
「ねぇ、トーマン。私たちも一緒になれるかしら」
……考えたことも無かった。でも、もしもそんなことが可能であったら、どんなに素敵だろう。夢のような話だとは分かっていた。けれどその手を取って、誓った。
「なれるさ、絶対。だって俺たちは今までずっと一緒で、これからもずっと一緒なんだから」

教育場を卒業して、才人試験を受けるも数点差で不合格になった。彼女は受かった。第一希望の文学の才人になれたのだ。「トーマン、ありがとう。私、素敵なお話を書けるよう、頑張るね」
でも、二人が一緒になる未来はもっと遠くなった。邸宅に戻って宴の準備をする時も、良かった、と喜ぶ心の何処かで、小さな欲望がどんどん潰えていくのが分かった。だって彼女の書いたその文を、俺はもうこの手に取ることは出来ないんだから。

それから3年間、彼女は部屋に篭って物語を執筆し続けた。彼女の警護の任も継続されたが、文字の漏洩を防ぐために特別な日以外に彼女に直接会うことは禁止された。
小さな女の子が記す日記調の作品は大好評。誰もが知る大御所の方からファンレターが届くのも増えた。だんだん過激になっていく内容を見ては、彼女を怖がらせぬよう破り捨てるのが日常だった。

22歳の彼女の誕生日、毎年通り彼女の好きな大きなアップルパイを作った。彼女は社交辞令を言ってから、アップルパイを口につけた……途端、咳き込んで倒れた。
致死性の毒が入っていた。彼女は、死んだ。

「才人でも無いのに雇ってやった恩がこれか！？」

殴られ、蹴られ、追い出された。扉の前に手紙が置かれていた。
万年筆で書かれた絵があった。

(続きます

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