＊名前を呼ぶ 〜With Ink〜 ページ7
.
「ヤッホー！ 遊びに来たよ！ えっと……」
また、か。と、彼の顔が見られた嬉しさから一転、私は虚しさで溜息をつく。
弾けるような笑顔と元気さに惹かれ、彼と交流するようになってからというもの。
彼がとても忘れっぽいということは、わかっているつもりだった。
けれど、時々、私の名前を微妙に間違えたり、今のようにそもそも言葉を詰まらせてしまったり……なんてことを繰り返されると、流石に悲しい。
それが想い人であれば、尚更だ。
彼は慌てた様子でスカーフに視線を落として、俯いた私に駆け寄った。
「ご、ごめんAちゃん！ 僕、また……」
悲しげに謝る彼を見て、彼だって、わざと忘れている訳じゃないんだから、と思い直すけれど、それでも心の内に広がる靄は晴れないままだ。
私はただ首を振って、そこで、思い切って彼にお願いしてみた。
今日は、沢山私の名前を呼んで欲しい、と。
彼は真剣な様子で、頷いてくれた。
「わかったよ！ 僕も、このままじゃいけないなって思っていたから……Aちゃん！」
彼は私の隣に座り、確かめるように何度も、名前を呼んでくれた。
「Aちゃん……うん、忘れてない。……Aちゃん」
懸命に、真摯に向き合ってくれる彼に、次第に私の靄は晴れていき、彼から紡がれる自分の名に、愛しさで耳を澄ませた。
ふと、彼は私を見て、真っ直ぐな瞳を向けた。
「Aちゃん。僕は、自分のソウルを持ってないけど……この記憶に、今の僕に刻み込むくらい、沢山君の名前を呼ぶよ。……君のこと、大好きだから！」
すがるように、彼は私の右手を両手で包み込む。
とくん、と心臓が甘く跳ねた。
「ねえ、Aちゃん。……もし、次に君に会った時に、僕が忘れずに君の名前を呼べたら……笑顔で、‟おかえり”って迎えてくれる？」
壮絶な過去を背負い、孤独を恐れる彼は、懇願するように私を見つめて、握る手を震わせる。
小さく丸められ、儚いその背を包み込むように、私は彼をそっと抱きしめた。
「！ ……えへへ。ありがとう、Aちゃん！」
静かな部屋で、二人身を寄せ合う。
次に会える日のことを、私は愛しい彼の横顔を見つめながら、前向きな気持ちで思いを馳せるのだった――
＊名前を呼ぶ 〜With Nightmare〜→←＊買い物 〜With Dream〜
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 43人がお気に入り
お気に入り作者に追加
「オリジナル」関連の作品
この作品を含むプレイリスト ( リスト作成 )
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
マイ - マーダー！！！！！好き！！ (2023年2月24日 22時) (
レス) id: f9d27c0cdf (このIDを非表示/違反報告)
ユキ - ｱﾞｱﾞｱﾞｱﾞｱﾞナイトメアァァァァア好きぃｯ！ (2022年11月27日 13時) (レス) @page34 id: 785e1889ff (このIDを非表示/違反報告)
かしわ(プロフ) - プリンだべたいさん» プリンだべたい様、かっ、神だなんて……この上ないお褒めの言葉、大変恐縮です……！ ありがとうございます！ (2022年8月28日 20時) (レス) id: c5e96d2eaa (このIDを非表示/違反報告)
プリンだべたい - この作品まじで神すぎる……( ´ཫ` )ｸﾞﾊｧ (2022年8月28日 18時) (レス) @page29 id: 07b9ba0dd4 (このIDを非表示/違反報告)
かしわ(プロフ) - aoさん» 返信ありがとうございます！ そう言って頂けてとても安心しました……！ よかったです！ こちらこそ、素敵なシチュエーションのリクエストをありがとうございました！ (2022年8月25日 12時) (レス) id: 850b2caf1b (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：かしわ | 作成日時：2022年8月22日 23時
