木枯らしが枯らす木1 ページ1
いつもの酒屋で酒を買い、眼鏡は顎髭の家へと向かっていた。寒いので、コートを着て、マフラーを身につけている。コートはシックなベージュと無難な色をしていたが、マフラーは草木も静まるこの季節には不似合いなほど鮮やかな若葉色をしていた。しかも手編みである。
顎髭の家はその目印である柿の木の葉が随分減っていた。近頃は風も強いため、多くの葉が落とされたのだろう。
「やあ。恋人でもできた?」
眼鏡の姿を見た顎髭の開口一番である。眼鏡は藪から棒すぎて、「はあ?」としか返せなかった。
にやにやと笑う顎髭は両手を広げる。
「別に隠すことはないさ。恋愛に年齢など関係ないよ。いやはやしかし、君に手編みのマフラーを贈ってくれる素敵な女性がいるとはねえ」
眼鏡はそういうことか、と得心した。若葉色の季節に浮いた色に顔を埋める。
「これは、倅の妻から贈り物だ。お身体にお気をつけください、と」
「ほほう、恋敵が倅とはなかなかだねえ。結婚してるから勝ち目なし、と」
「既婚者に手を出すほど落ちぶれていないぞ。あと年はどれだけ離れていても前後五歳と決めている」
「君が常識人で僕は安心したよ」
俺がいつ常識人じゃなくなったんだ、とぼやきながら家に上がる。居間の手前まで案内され、不意に立ち止まり、振り向く顎髭。
「しかぁし!!」
思いの外大きく放たれた一言にぎょっとして固まる眼鏡。今度はなんだ、と目を据わらせる。
「僕にはわかるよ。そのコートも贈り物だろう? 今まで着ていたのを見たことがない。この時期に君に若葉色なんて贈る若い子とは違う、大人びたセンスを感じるね」
「だろうな。これは元の連れからマフラーと一緒の荷物で贈られてきた」
束の間の沈黙。
「ねえ」
「なんだ?」
「……僕の発言忘れてくれない?」
かなり恥ずかしかったらしい顎髭の様子に、眼鏡は意地悪く笑って答えた。
「い、や、だ」
こうして今日も晩酌が始まる。
「いーーーなーーーーー」
「五月蝿いぞ」
差し向かいで酒を飲みながら、二人は談笑していた。暖房のついた部屋はほんのりと暖かい。
眼鏡は椅子に座っても行儀よくぴん、と背筋を伸ばしていたが、顎髭はテーブルにだらんと広がっている。
「だらしないぞ」
「いいじゃん、誰も見てないよ」
「俺が見ている」
すっかり揚げ足取りの上手くなった眼鏡に、へいへいと顎髭は心のこもっていない返事をする。
「君にはわかるまいさ。家族のいない独り身の気持ちなんて」
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作者名:九JACK | 作成日時:2021年2月27日 3時