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Zion最後の日8 ページ23

眼鏡とマスターは、幼なじみというほど親しくもなかった。友達になれるほど、言葉も交わさなかった。
それが変わったのは、もう30年以上も前になる、顎髭が現れてからだ。社交的な顎髭は口下手な眼鏡の重たい口を開かせたし、口数の少ないマスターを饒舌にした。
だからきっと、この三人でなければならなかったのだろう。
全てに因果があるとは思わないが、袖振り合うも多生の縁とも言う。もう少しとは言いがたい縁の深さになったが。
「お待たせ致しました」
「おおっ、ベーコンかりっと仕上がってるんじゃない?」
「随分いいハムを残していたな」
「ふふ、最後ですから、多少特別でもいいでしょう」
顎髭が無邪気ににししっと笑う。子どものような笑い方だ。
「ああ勿体ないなあ。Zionはこんなにいい店なのに、今日で最後なのか」
「ええ、最後です」
最後と告げるマスターの笑顔は晴れやかだった。
未練がないと言えば嘘になるが、刹那的な享楽も楽しみ方の一つだろう。どれだけ粘ったところで、時の流れには逆らえない。
それは店もそうだが、自分たち自身もだ。
いつ死んでもおかしくないと言われる年齢に近づいている。どんなに終活をしていたって、それを全て終える前に死んでしまうかもしれない。自然に身を任せていれば、死なんていつ訪れるかわからないものなのだ。
だから今は楽しいということだけを噛みしめて生きるのも一つの道だろう。
「で、マスターは何食べたい?」
「えっ?」
顎髭がマスターに笑顔を向ける。裏で何を企んでいるかもわからない、非常にいい笑顔だ。
「あれだけ煽ったんだから、こいつも腕に相当自信があると見て間違いないだろう。じゃあ何か作らせてやろうじゃないか」
「お前なあ」
勝手に話を進める顎髭にしかめっ面をしながらも、目ではマスターに何がいいか伺う眼鏡。そういう行動と言動が合っていない辺りは、この人物の愛嬌なのかもしれない。
「目玉焼きにしよう!!こいつとマスターで腕比べだ」
「勝手に仕切るな」
「さっきは乗ってあげたんだから、少しは僕に恩を感じてくれてもいいんだよ?」
押し黙る眼鏡。30年で表情が豊かになった。出会った頃など思いもよらないほどに。
誰かに影響して、影響されて。影響され合って、今の自分たちが存在するのだろう。
「エプロン貸しましょうか?」
「おっ、趣味がいいねえ」
紺色のエプロンを引っ張り出し、それからマスターは悪戯心でビビッドピンクのエプロンと並べてみせた。
顎髭が大笑いした。

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作品ジャンル:純文学, オリジナル作品
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作者名:九JACK | 作成日時:2021年2月23日 7時

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