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Zion最後の日5 ページ20

それは今のお前にだけは言われたくない、と顎髭は思ったが、マスターはハンズアップ。降参の意だ。
「なんであなたは気づくんですか」
「気づいたんじゃない。お前がらしくなかっただけだ」
らしくない……はて、そうだっただろうか、と思い、顎髭は普段のマスターを思い出す。冷静沈着で礼儀正しく、常に客の機微に気を回しているできるマスター。そういう印象だ。
間違っても幼なじみの挑発に乗せられて売り言葉に買い言葉なんてする人物ではない、と今更ながらに気づく。酒と料理の相性なんて、バーのマスターなのだから把握していて然るべきだ。
今日開けた特別なワインは確かに風味が豊かというよりは様々な味覚を細やかに刺激して、ピアノが旋律を奏でるように繊細な味わいである。酒は普通肴に味の濃いものを選ぶが、今日のワインはそういうものではなかった。マスターも飲んでいないわけではないのだから、気づいていただろう。
その証拠と言えるかはわからないが、ハムやベーコンは添えられていない。この二つは味も香りも強いため、酒の肴の定番であるが、今日のワインを楽しむには不向きだ。
「まあ、眼鏡が変に偉そうなところもおかしかったと思うけど……?」
助け船になるかどうかわからない発言を落とし、反応を見守る。見た感じでは、マスターの落ち度を見極めるためのものだったようだが、顎髭からすれば眼鏡も充分らしくなかった。
「まあ、らしくないことをしたとは思う。ただ、今日に遺恨を残してほしくなかった。一生の未練があるのなら、吐き出してしまえ、と」
「やり方はもっとあったと思いますけどね!?」
マスターは眼鏡のやり方に色々と思うところがあったようだが、らしくなかったことは認めるらしい。
ぽつりと語り始めた。
「まあ……当たり前といえば当たり前の話ですよ。店を閉めるのが惜しいんです」
腰掛けに座り、ワインを味わってから、彼は続ける。
「祖父の代から長いこと続けて継承してきたものを、私が終わらせてしまうのか、と思うと、感傷的になってしまいましてね。今頃になって、この店を絶やさない方法はなかったのか、とか色々考え出して……もうどうしようもないことに気づくたび、やるせなくなるんです」
ずっと一族で継承してきたものを、嫌ったわけでも、憎んだわけでもないのに、自分の手で絶やす。終わらせる。確かにそれは自分が無情なようで、どうしようもない虚無が胸を満たすのだろうことがマスターの表情からわかった。

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作品ジャンル:純文学, オリジナル作品
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作者名:九JACK | 作成日時:2021年2月23日 7時

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