花ひらり7 ページ24
「これは……」
「Fleurs de cerisierの塩漬けです。あるところではこれをつまみながらお茶を飲む文化があるらしいのですが、おそらくお酒にも合います」
すらすらと説明が出てくる辺り、マスターもだいぶ調べたのだろう。たった一人の客の我が儘のために手間を惜しまないのは、職人の鑑のようにも思える。
塩漬けなので、少量で、と言われ、各々がひとつまみずつ、カクテルの上に乗せた。
顎髭が感心する。
「この色味はハーブ乗せたらもっとFleurs de cerisierっぽくなるんじゃないかい?」
「だからまだ試作なんですって」
マスターが苦笑いする。この塩漬けも最初から乗せて出さなかったのは迷いがあったからだろう。
花の塩漬けというのはあまり一般的ではない。少なくとも、この街では。季節外れでもあるし、入手するのも困難であっただろう。
まあ、長い付き合いである眼鏡はこいつならそれくらいはすると確信していたし、顎髭も驚いてはいるが、マスターの気質を理解している。
「あ、塩味が甘味を引き立てていていいですね」
青年が感動したように言う。淡いはずの花の香りが塩味に負けておらず、ふわりと鼻の中を擽って心地よい。つまみに適しているという見立ても間違っていないようだ。
歌手の女性も好みだったようで、少し意地の悪そうな笑みを閃かせつつ、マスターを見上げる。
「最初から乗せて出した方がよかったのでは?」
すると、負けず劣らずの表情でマスターは応じる。
「言ったでしょう? 試作品、と。少しでも試行錯誤の手間暇をかけた方がより良いものになるんです。
例えば、最初からこの状態で出されたとして、あなた方は今ほどの感動を得られましたか?」
なるほど、振る舞うからにはできうる限り最高のものを提供する。商売人らしいやり方だった。これはこれで逞しい。
「うふふ、なかなか食えない方ですこと」
「食べるつもりだったのかい?」
「丸呑みしちゃおうかと」
酒が入っているからか、顎髭と女性の軽口の応酬がテンポよく場を和ませる。
ふと、眼鏡が小肥りを見た。
「どうだ、ここに来た感想は」
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作者名：九JACK | 作成日時：2020年11月1日 22時
