Zionの花束を 12 (ページ22)

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花ひらり5 ページ22

へえ、と顎髭が意外そうに声を上げる。
「君はあのコンサートホールに行ったことがないのかい?」
「はい。私、この街に来たのは数年前で」
女性の告白に、眼鏡も唖然としていた。
その心情を顎髭が代弁する。
「あまりにも馴染んでいるから、すっかりこの辺の生まれだと思っていたよ」
「まあ。この街が居心地がいいのは事実ですわ。私も色々ありまして、何年かに一回転居を重ねているんですの」
「ははあ、あれかい? モテるのも辛いねえって」
「ご冗談を」
にこやかに笑っているように見えるが、声が思ったよりも冷たく、小肥りは冷や汗をかいた。顎髭もさすがに「おっと」と話題を止める。
「いやぁ、この街に来て音楽家なら、あのコンサートホールには一度行くべきだよ。次の演奏会……はチケットを取るのが難しそうだから……近いうちにある演奏会で、おすすめのは何かあるかな、スタッフさん」
「えと、そうですね……」
突然でありながらとても自然に話題を振られたので、小肥りは近く二週間ほどの予定を頭の中から引っ張り出す。
今日明日明後日と近場の演奏会はチケットの入手が困難で、席の空きも少ない。が、一週間後くらいに、と思い至って話し始める。
「一週間後……学校の子どもの合唱祭があります。それならチケットなしで、誰でも無料で入れますよ」
「あら、学校行事とかではありませんの?」
「学校行事ですが、学校でやるより、一般の人に見てもらいやすい、という計らいです」
「それは素敵だわ」
淡い黄金色の液体に口をつけてから、女性が懐かしそうに目を細める。
「声もまた楽器ですもの。年を経るごとに深みを増していくのもいいけれど、やっぱり、瑞々しい『そのときにしか出せない声』は魅力的ですわ」
無意識ではあったが、歌手という相手に好みそうな情報を提供できたらしい。小肥りが安堵していると、それを労うように、眼鏡がそっと肩を叩いた。
やはりこの仕事は誇らしい、と小肥りは再認識し、しばしの間、今日限りであろう人物との会話を楽しんだ。