Zionの花束を 12 (ページ11)

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仕事終わりに一杯を5 ページ11

善は急げという。
「君」
昼休み。今日も謝り通しの小肥りに対して呼び掛ける眼鏡。その眼鏡チェーンが様になっている姿は一種の威厳を感じさせる。それは眼鏡が年を重ねるごとに増していった。
が、眼鏡にその自覚はない。口下手なこの男は言葉選びを厭い、直接的に声をかける。
「今晩、一杯付き合ってくれ。いい店を紹介する」
「え、え」
「……無理にとは言わないが」
「い、いえ、身に余る光栄です!!」
それは言い過ぎなのではないか、と眼鏡は思ったが、自分に対する過大評価はいつものことだ。今更気にするようなことでもない。
光栄、か、と眼鏡は遠くを見るように目を細める。自分はその言葉に相応しい人間であるだろうか、とふと疑問に思ったのだ。
肩書きはコンサートホールの管理人。バツイチで妻と息子とは別れて暮らすこととなった。元は裏にも通じていた人間で、何人か人を貶めたこともある。……そんなやつが、今はのうのうと隠居生活目指して後任を育てているというのは、なんだか滑稽な話のように思えた。
恐縮気味ではあったものの、快く受け入れてもらえてよかった。今時囁かれるパワーハラスメントとやらに捉えられていなければいいが……
「あ、あの、どんなお店なんですか?」
「ただのジャズバーだよ。マスターとは昔からの顔馴染みでね。父も気にいっていた店だ。雰囲気も暗すぎず明るすぎず、心地よい。今いる歌手とピアニストが特に相性がいいらしくてな。そこもお気に入りだ。歌を聴きながら飲む酒は格別だぞ」
と、そこまですらすらと告げたところで、小肥りのみならず、スタッフ一同がぽかんとしていることに気づいた。何かおかしなことでも言っただろうか、と眼鏡がゆっくりと目を瞬かせていると、女性スタッフが和やかに微笑んだ。
「よほどお気に入りなんですね。とても優しい顔をして喋るので、驚きました」
その一言を皮切りに、そこらから同意の声が上がる。
「いつも眉間に皺を寄せて、怖い人かと思ってましたけど、やっぱり人間ですねえ」
「管理人さんもお酒飲むんですね。私はそこに驚きましたよ。夜遊びはしないタイプだと思っていました」
「よさげなお店ですね!!今度俺にも紹介してくださいよ」
普段、こんなことは喋らないため、部下がわやわやと押し寄せてきて、眼鏡は目を白黒とさせる。わりと近寄りがたい存在と思われていたようだ。
まさか、バーの話一つでここまで変わるとは。