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それでも、あの海の箱だけはいつも強く握っているのが、俺の頭に血を昇らせた。
｢…それ、もう触んないで｣
そう何度も言ったのに、もはや俺のことすら見なくなった姿に苛立った。
俺はお前のために言っているのに。
その苛立ちが頂点を迎えた日、俺は骨が目立つようになった手を無理やりこじ開けて、ついに箱を取り上げた。
手から箱が離れた瞬間だった。
蜂蜜を溶かしたような彼女の目が大きく見開いて、声にならない声で微かに呻いた。
何て言ったのか、耳をすませようとした時だった。Aは身体をこわばらせると、自ら呼吸を止めた。そして、そのまま、くずおれるようにしてその場に倒れた。
力なく開いた白い手を見て、心の中を掻き毟られるような激しい焦燥が沸いた。
どうして。
｢……A、なぁA、｣
冷えていく薄い肩を揺すって、呼び慣れた名前を叫んでも、もう動かない。
どうして、
どうして、
そんな中でも、俺も随分と強い力で箱を握っていたようだった。継ぎ目も見当たらない真っ黒な箱の姿に、吐き気がこみ上げた。
Aを殺した元凶が、なぜだか鉛のように粘つく重みを携えていた。荒れた波の音に紛れて、中からAの声がした。哀願するように、それは繰り返し囁きかける。
｢私を海にかえしてほしい｣
｢かえして｣
｢ハッチ｣
俺は有給をとった。Aの冷たくなった亡骸を故郷に運んだ。車窓の外からは溶けた水銀のような眩しい日差しが差し込み、蝉の鳴き声が響いていた。
懐かしさすら感じなくなった故郷の海で、茹だるような暑さの中、随分と苦労して、乗り捨てられていた丸い船にAと箱を乗せて海に流した。
遠ざかる船の周りに巨大な魚が群がり、その背が波間に煌めいた。それらは人に似て見えた。
あぁ、Aは俺の一部を連れて行ったようだ。
今も、俺の頭蓋の奥では絶えず海鳴りが響いている。
海の箱
(いっそ、全部連れていってくれてよかったのに)
続く (更新停止中)
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やつがれ先輩(プロフ) - �擦気�» 初めまして。コメントありがとうございます。そう言っていただけてとても嬉しいです！もっと楽しめる作品になるように精進します…。 (2017年8月25日 0時) (
レス) id: f68a99e668 (このIDを非表示/違反報告)
��(プロフ) - 貴方の文章から滲み出る雰囲気とか、独特の世界と言いますか、なんと言いますかすごい好きです。ひっそりと見てます……！ (2017年8月15日 0時) (レス) id: 97e51543ee (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：やつがれ先輩 | 作成日時：2015年12月20日 1時
