ハッチ『海の箱』ホラー？ ページ29
「私を海にかえしてほしい。」
手の中の箱が喋った。
Aの趣味は容器の収集だった。それを打ち明けられた時、俺はかなり意外だと感じた。彼女とはそれなりに長く付き合いがあるけれども、そんな趣味があるなんて知らなかった。
多分それは態度に出ていたらしく、Aは曖昧に笑った。
｢ハッチだけに見せてあげる｣
そう言って開け放った自室のクローゼットには、大小様々な器が整然と収めれていた。
形状は、一抱えもある柳行李から寄木細工のパズルボックス、螺鈿のオルゴール、マトリョーシカ、蒔絵の文箱、支那の鳥籠、小指の先ほどの薬瓶まで多岐に渡った。
細かい細工が施されたレトロな香水瓶を見た時は、なるほど、と思った。これなら確かに集めたくなる。
珍しくお互いに休みが被る日の、その前日。仕事から帰ってきたAが上機嫌で見せてきたのは、手のひら大の黒く四角い箱だった。
｢それどうしたの｣
｢近くのお店で見つけた｣
その箱は軽く、どこにも継ぎ目がなく、振るとちゃぷちゃぷと音がして微かに潮の匂いがした。変な箱だと、そう思った。
｢海を閉じ込めたみたいだよね｣
そう言って、箱をくるくると手の中でいじくり回した。
それから、Aはそれを海の箱だと決めつけ、波の音がすると言って片時も離さず、夜は赤子のように抱いて眠った。
海辺にあった俺たちの故郷から共に出てきて数年経つが、やはり何か思うところがあったのだろう。彼女がいつもよりも嬉しそうな笑顔を見せたので、俺は好きにさせておいた。
しかしそれがまずかったのだ。
まもなくAはあれほど大切に溜め込んでいた収集品を全て処分してしまった。仕事にも行かず、ひがな一日、猫のように座り込んで海の箱に話しかけるようになった。少しずつ家の中が荒れ始め、Aは無口になっていった。
俺はいつにも増して仕事が忙しく、見て見ぬふりをしていた。一時的なものだと思っていたのだ。その時は、まだ。
そうして、初めに家への道を忘れ、次に物の名前を忘れ、ついには満足に話せなくなった。そうなってから慌てて医者に見せたが、もう手遅れだった。Aは痩せて小さくなり、ただ微笑むだけの抜け殻になってしまった。
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やつがれ先輩(プロフ) - �擦気�» 初めまして。コメントありがとうございます。そう言っていただけてとても嬉しいです！もっと楽しめる作品になるように精進します…。 (2017年8月25日 0時) (
レス) id: f68a99e668 (このIDを非表示/違反報告)
��(プロフ) - 貴方の文章から滲み出る雰囲気とか、独特の世界と言いますか、なんと言いますかすごい好きです。ひっそりと見てます……！ (2017年8月15日 0時) (レス) id: 97e51543ee (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：やつがれ先輩 | 作成日時：2015年12月20日 1時
