彷徨う先に (ページ28)

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撮影はかなり順調で、僕の臆病な演技もかなり板に付いてきた。監督にも褒められるし、ヌナも最初はこういう演技はなぁなんて言っていたのにカメラが回れば憑依したように人が変わるからすごい。

｢じゃあ最後のシーンですね。前髪を横に退けた手をそのまま顎まで滑らせて顎を持って、顔を近づけて見つめるとこまで……｣

｢えっ｣

2人同時に声が出た。きっとお互い思っていることは大丈夫か？の一言に尽きる。

昔、日本では今なにが流行ってるのとヌナに聞いたら『カベドンとアゴクイ』が流行ってるらしいよなんてネットで調べてその内容を見せてくれたヌナを思い出す。

カベドンはさっきイエニにやられたような行為だ。本当はこれで恋に落ちる？とかなんとか。恋愛映画とかによく登場する演出だから、イエニとのやつは実際にはカベドンじゃないのかな？

アゴクイっていうのもまた然り、僕は引き続き怯えていないといけないからキュンの要素も1ミリもない。でもそれらの行為をそう呼ぶのだからこれもちゃんとしたアゴクイなんだろうけど……。

｢ヌナ出来る？｣

｢や、やるしかないよね……｣

じゃあ1回流れ確認して早速撮ってみましょう！なんてワクワクしながらもう一度流れを伝えてきた監督さん。若干引きつったような笑顔を向けたヌナは、演技の真顔に切り替わってこちらに向き直った。

ヌナの手がまた自分の左側の前髪を横に流す。その手がゆっくりと下に降りてきて、その指先が顔のラインを掠めていく。

顎まで到達すると、そのまま掴まれ上に持ち上げられてヌナの顔が更に近くなる。もう目と鼻の先、鼻と鼻がくっついてしまうのではないかというくらいの距離。

監督がキスするように！なんてとんでもない追加オーダーをしてきたと思えばヌナはその通りに少し顔を傾けて近づいてくるから、なんで出来るんだよー！と思わず叫びたくなる。

だってヌナ恋愛経験ないって言ってたのに！映画とかアニメとか見てるから？で、でもそれだけでこんなことが出来るの？この人のポテンシャルは本当にとんでもない。

身長差もかなりあるから顎を持ち上げられるのも様になってしまっている。勝手にドキドキと鳴り出す心臓を抑える術もない。

この後僕はどうするんだっけ、確か硬直してたはずの身体が動くことに気がついて、ヌナの手を払い除けてその場を後にするって演出だったはず。

しかしこれに気がついたのが遅くて、監督に一度撮影を止められてしまった。