柚子ポン酢の備忘録：其の弐

続き ページ34

それ以降、越前は図書当番になると東風谷の隣で囲碁を見るようになった。

越前が図書当番でない日、東風谷は放課後の図書室で本を読んでいた。

未だに活字に慣れていない東風谷は文豪の本を読んで少しでも慣れようとしていたのだ。

知っている題名が目に入り、思わず手に取る。

――徳田秋声著：あらくれ

つい最近まで侵蝕されていた文学書である。

「(…文学に対して強い想いを持つ文豪にしか、有碍書の浄化はできない)」

そして、あの図書館で初めて転生した文豪が…徳田秋声であった。

“秋声は…あのようなことばかり言っているが、文学に対する想いはきっと誰よりも強いと思う”

それは同感だ。

私をこの世に再び転生させたのは特務司書殿、だけど…私は彼の強い想いに惹かれて転生したのだから。

その想いの結晶の一つが、この本。

東風谷は穏やかに表情を緩ませて本の表紙をなぞった。

――…
「尾崎、最近よく図書室にいるらしいね。本が好きなのかい」

昼休み、不二に声をかけられた東風谷は頷いた。

「おすすめの本とかあったら教えてほしいな」

「おすすめ……」

“僕が書いた本は結構多いけど、…中でもこれは思い入れが強いよ。賞を取ったから、っていうのもあるけど”

「…仮装人物、」

「仮装人物？」

「徳田秋声の、仮装人物」

彼の努力が世に評価された作品。と東風谷は穏やかに表情を緩ませて言う。

「！…わかった、今度読んでみるよ」

読めば、わかるだろうか。普段滅多に表情を変えない君が、珍しく表情を緩めたその理由が。

――…
数日後の休み時間…

「尾崎、君が前に言ってた本読んだよ。最近の本と違う感じで、中々面白かった」

「…ならよかった」

「徳田秋声って、近代文学の人だよね。他の本を図書室で探したんだけどなくて」

「？…先週はあったと思う」

「誰か借りているのかな。…クスッ、もしかしたら僕と同じ理由かもしれないね」

本のことになると、君は表情が変わるみたいだから。

「？？」

意味を理解してないのか、東風谷は首を傾げた。



(眠たげな表情が変わるのを、僕はもっと見たいと思うんだ)

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