柚子ポン酢の備忘録：其の弐

続き ページ33

越前リョーマは放課後、図書室のカウンターにいた。

「(当番なんて面倒くさい…早くテニスしたい)」

図書委員の仕事といえばカウンターでの貸し出し手続きが主である。

…つまり、人が来ないとやることがない。

「(放課後の図書室になんて、テスト期間でもないと誰も…)」

来ない、と思っていたそのとき…ガラっと図書室の扉が開いた。

そこにいたのは、…最近学校中で噂されている、例の編入生である。

「！…あんた、噂の…」

「？」

思わずそう呟くとその人は不思議そうに首を傾げた。

…噂されるだけあって、この人はかなりの美形だと思う。

月に照らされた夜空のような濃紺の髪から覗く、琥珀色の瞳に目を奪われてしまった。

編入生、…尾崎柚希先輩は図書室を見回すと何か見つけたのか古びた棚に近づく。

手に取ったのは碁石と碁盤だった。

「…これ、使っても？」

「え、あぁ…元の場所に戻しておけばいいと思いますけど」

「そう」

尾崎先輩は懐かしげに表情を緩ませる。

「囲碁、するんスか」

「…まぁ、それなりに」

気になった。この人は碁石と碁盤を通して、何を見ているのだろう。

「…この時間、ほとんど人来ないんス」

「？」

「…あんたが囲碁をやってるところ、見てていい？」

「…見てて楽しいなら、いいけど」

そう言って尾崎先輩は机の上に碁盤を置き、自分の傍らに白と黒の碁石を置く。

俺は碁盤の横に椅子を持ってきて座った。

黒の碁石を持った瞬間――尾崎先輩の纏う雰囲気が変わった。

「(…まるで、誰かが向かい側にいるような)」

尾崎先輩は、誰を見ているのだろう。





(…君との碁は、結局最期まで決着がつかなかったな――官兵衛殿)

私が約束を破ってしまったから、なのだけど。

続き→←続き

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す