柚子ポン酢の備忘録：其の弐

・続き ページ22

その後、鬼丸は福沢に勧められるまま家に置かれる。

数か月後、鬼丸は自分の身体の違和感に気づいた。

――霊力が少なくなってきている。

本来、刀剣の付喪神が現世へ人型を保つには審神者の霊力が必要なのだ。

太刀・鬼丸國綱が安置してある皇室に還る方法もわからない。

このままでは付喪神としての鬼丸は消滅してしまう。

……それでも、いいかもしれない。自分の存在は本丸を狂わせてしまう。

それを身をもって知った鬼丸はこのことを福沢に告げることなく、消滅のときを待つ。

――さらに数か月後、江戸川乱歩と出会う。

乱歩は鬼丸をじっ…と見つめるとその翡翠色の瞳を開いて言った。

「…君…このまま消える心算なの」

「！？消える…？國綱、どういうことだ」

「(まさか、人間に露見するなんて…この人間は、一体)」

「言ったでしょ。僕の異能“超推理”でわからないことはないんだ」

君の正体も一目見てわかったよ。

「…思った通り、福沢さんに何も言わずに消える心算だったみたいだね」

乱歩はそう言うと鬼丸に向かって微笑んだ。

「ね、僕の真名を受け取ってよ」

「……何を、言って」

「僕は本気だよ。…君をこの世界につなぎとめるにはこの方法しかない」

この手段を取りたくなかったというのも、君が福沢さんに何も言わなかった理由の一つだ。

「福沢さんなら、君を手放しはしないだろうからね」

ね、福沢さん。と乱歩は黙って話を聞いていた福沢に振った。

「乱歩の言う通りだ。國綱、私はお前を手放したくない」

お前を私の元につなぎとめることができるなら、真名くらいお前に明け渡そう。

「っ、自分が…何を言っているのか、わかっているのですか…！」

末席とはいえ、鬼丸國綱は神に名を連ねる付喪神。

名前は最も短い呪だ。それを自らの意志で神に渡すということは…

「あなた方は、私という存在に縛られてしまうのですよ…！？」

その言葉に乱歩と福沢は不適な笑みを浮かべた。

「縛られる？…違うよ、國綱」

「お前が、私たちに縛られるのだ。この世界に、私たちの元に」

――私は、…きっと逃げられない。鬼丸は２人の目を見て悟った。

福沢諭吉と江戸川乱歩、この２人の人間の暖かさを知ってしまった。

…離れたくないと思ってしまった私は、…もう手遅れだ。

「…我が名は、粟田口國綱が作りし刀剣・鬼丸國綱」

人の子よ、我に真名を差し出せ。


(――平井太郎)

(――福沢諭吉)

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