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「えーと……隣の方はご友人かな?」
ボールペンで自分のこめかみをつつきながら、一通りカルテに目を通した医師が言った。
「……ええ、そんなところです」
控えていた降谷がくぐもった声で答える。普段の彼らしからぬ低い声だった。
手持ち無沙汰なのか癖なのか、利き手でペンを弄びながら医師は続ける。
「ショルダーブレースは患者ひとりで装着できないし、前方脱臼だから外旋位固定しちゃうんだけど、そうなると人混みとか歩けないんだよね。できれば面倒見てあげて。当然だけど仕事は休んでね。あと、次こんなことがあったらもっと早く来ること。救急でもいいから。あんまり時間置くと癒合しなくなるよ」
矢継ぎ早に飛び出す言葉を端から端まで追って頭の中に閉じ込める。固定されている今も肩から痛みが走っているので、集中力を乱され言葉を拾うのに苦労した。こんな事ならわざわざ外すことなかったのにと恨めしげに隣の男を見たが、逆に睨み返されて謀反はあえなく失敗に終わった。
いいかな? と念押ししたあと、医師は続ける。
「ちゃんと固定しないで骨だけくっつけても、後々手術する羽目になるだけだから」
アイコンタクトの応酬を見透かされたような、止めの言葉で、俺はあえなくKO負けしたのだった。
病院の外に設置されたベンチに腰掛けて、自販機で買ったホットココアを喉に流し込む。肌着の上から固定バンドを装着されたため、パーカーの袖に腕を通すことすらできなかった。仕方なく肩に羽織るものの、肌と衣服の隙間に風が流れ込んで肌寒い。せめて胃の中だけでも温めたい。
すぐ近くの自動ドアが開く音がして、降谷が顔を出す。上着の内ポケットに何やら紙を仕舞いながら、彼がこちらを一瞥した。視線が向けられたのは本当に一瞬で、その後何事もなかったように車の方へ歩いて行ってしまう。ホットココアを一息で飲み干して席を立つ。空いた缶はゴミ箱に捨てて後を追った。
車の横で、降谷はドアも開けずに俺が来るのを待っていた。視線に促されるまま助手席に乗り込むと、降谷も運転席に腰掛ける。
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作者名:タイガ | 作成日時:2023年8月28日 20時