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気が付いたら小枝村は床に伏していて、額から流れる真っ赤な染みが、カーペットの色を変えている。勢いあまってぶつけていたらしい額がいまさら鈍い痛みを訴えていた。はくはくと漏れる息が、極限だった頭を少しずつ冷ましていく。
一度、安室に目をやった。頬に一線の傷が出来てはいたが、大きな怪我はなさそうだ。そこまで把握して、ようやく事態を飲み込めた。全身の力が抜け、べしゃりと身体が床に崩れる。全身の筋肉が溶けていくような気さえした。くそ、と悪態が零れる。極度の緊張状態だったため、発砲音までは拾えなかったが、小枝村の額を弾丸が貫く瞬間はこの目が辛うじて捉えていた。
「勝てる気がしない……」
あのもみ合いの中、背面から正確に小枝村の眉間を狙撃した男の顔が頭に浮かぶ。小枝村の重心が右に反れ、安室の身体が射線上から逸れたあの一瞬を待っていたのだろうか。狙撃が少しでも遅れていれば、安室は軽傷では済まなかっただろう。相変わらず無茶苦茶な男だ。畜生、かっけぇな。
「そうか、今のはライの狙撃……」
放心していた安室が小さな声で零す。途端にきっ、と引き締められた双眸が窓の外を憎らしげに睨んだ。たった今危ないところを助けてくれた相手に向ける顔じゃない。ライには後で礼を言うついでに謝っておこう。……いや、それもおかしいか。
やがて窓の外から視線を外した安室は、厳しい眼差しのままで俺を見下ろした。剣呑とした光に睨まれて思わず身体が縮こまる。なんでそんなに怖い顔をしているんだろう。
「……いつまで転がってるつもりですか。さっさと引き上げますよ」
左腕を掴んで引っ張り上げられた。いつもよりずっと機嫌が悪そうな声にただ従う。マッチ箱と携帯電話を拾い上げて血に塗れたカーペットを見下ろせば俺の血は小枝村のそれでかき消されているようだった。仕事は無事完了だ。
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作者名:タイガ | 作成日時:2023年8月28日 20時