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左手がすんでのところで安室の肩を捉え、後ろに引っ張る。先程まで安室の頭があった場所を、ナイフが切り裂いた。はら、と何本か、髪が断ち切られて落ちる。今の攻撃は、目を潰そうと狙ったものだ。手負いの俺を片付けるよりも、無傷の安室に深手を負わせようと考えたのだろう。掴んだままの安室の肩を後ろに押しのけようとしたが、反対に伸びてきた安室の右腕が俺の右腕を引っ掴んだ。
「っいﾞ……」
「怪我人はひっこんでください」
掴まれた腕に引き攣られるように、肩に激痛が走る。そのまま突き放され、腰を強かに打ち付けた。ただでさえ外れている関節が無理な方向に曲げられたのだから、痛みで文句も言えない。
いくらなんでも酷くないか？ これで上手くはまらなくなったら、俺の狙撃手生命も終わりだというのに。涙交じりの抗議の視線を背中に受け、安室は小枝村に向かい合っている。腰を落として脇を締め、構えた両の拳が小枝村に狙いを定めていた。一切隙のない構えだ。今の俺には手の出しようがないので、黙って引き下がることにした。
突き出されたナイフを躱して、安室の右ストレートが小枝村の鼻っ面を捕らえる。めり込んだ拳が鼻を潰し、くぐもった喘ぎが漏れた。上体が後ろに反れ、どしゃりと崩れ落ちそうになった身体が、しかし予想と反してばねのように俊敏に跳ねあがった。
その目は、狂気を帯びている。痛みなど感じないかのように、ただ目の前の敵を排除しようとする動きだ。手段を選ぶつもりもない。このホテル中を騒ぎの渦に巻き込んでも構わないという意思すら感じられた。
左手で、冷たい床を強く押し返す。反動で跳ねた体が前に倒れるよりも素早く、安室の腰に備えてある銃を引き抜こうとした。だが、片手でできることには限度がある。たった数秒で、身体を起こして銃を奪い取り、撃鉄を起こして狙いを定め、引き金を引くなんていくらなんでも不可能だ。
狙いすまされたナイフが、まだ体勢の整わない安室の目前に迫っていた。
──それは一瞬の出来事だった。
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作者名：タイガ | 作成日時：2023年8月28日 20時
