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尻ポケットからタバコを取り出して、一本咥える。労働した後なので、とにかく心を落ち着けたかった。ライターはギターケースのサイドポケットに入れっぱなしだ。なんだ、どっちにしろ部屋に戻らなきゃ吸えなかったんだな。
ドレッサーに置かれていたマッチを拝借する。傍らの灰皿を見ると、溢れかえらんばかりに吸殻が捨てられていた。なるほど、小枝村はヘビースモーカーだったらしい。タバコが切れてはいてもたってもいられなかったんだろう。そうして自販機に買いに行ったところで、偶然俺と出くわした。タイミングが良かったといえば良かった。部屋の特定に時間を掛けてしまっては、捕まらない可能性もあったから。
左手の指先を器用に動かしてマッチ棒を取り出すところまではうまくいった。だが、火を点けようとしても片手では頭薬と側薬を上手く擦り合わせられなかった。せめて外されたのが左肩だったらなぁと手の中のマッチ箱を睨む。
「……貸してください」
不意に横から伸びてきた安室の手が、俺の左手からマッチを箱ごとを奪い取った。咄嗟のことに呆気なく攫われたマッチを目で追う。若干不服そうではあったが、安室がマッチを握りつぶすことはなかった。いとも簡単に灯された火が差し出される。特有のツンとした匂いが部屋に漂う。
「どうも」
大人しく咥えていたタバコに火をつけてもらう。吸い込むと同時にいつもと違う煙が舌の上で転がり、肺一杯に広がる。そういえば愛用の銘柄は売ってなかったんだっけと今更思い出した。すっかり味を占めている舌が、いつものそれとは違う風味に不満を訴えた。やっと吸えたのに何だか損した気分だ。
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作者名：タイガ | 作成日時：2023年8月28日 20時
