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そっと遮蔽物に身を隠し、廊下に顔を覗かせる。男は長い廊下を足早に歩いていた。あんなに忙しなく足が動いているのに、身体運びは滑らかで重量を感じさせない。変わらず、靴の音も聞こえないままだ。とても一般人の身のこなしとは思えない。腰に手をかけ、そこでやっと銃を持ってきていないことに気づいた。所持品は携帯と小銭入れと、今買ったばかりのタバコだけだ。タバコはとりあえず尻ポケットにしまって、視線は男に釘付けのまま携帯を開く。履歴の一番上に残っていたライのアドレスに文字を打ち込み、送信ボタンを押した。情報共有の際は常に確認しあうよう打ち合わせてあるので、安室にはライから連絡が行くだろう。返信を待たずに携帯をポケットにねじ込む。物音を立てないようにそっと廊下に踏み出た。
部屋を特定してそのままことに及ぶか、朝が来るのを待つか。武器を所持していない今は一旦部屋に戻るべきなんだろうが、そうしている間に逃げられない保証はない。それなら部屋を特定した後、その位置をライと安室に連絡してそのまま部屋の前で張って置く方が無難だろう。
やがて、男が歩みを止めた。咄嗟にエレベーターホールの壁に身を隠す。ガチャリと鍵の開く音がして、それから暫く後に扉の閉まる音が聞こえた。続いてオートロックの鍵の音が鳴る。そっと様子を伺うと、既に廊下に人の姿はない。
小さく息を吐き出し、音を立てないよう慎重に歩く。辿り着いた部屋は俺たちが泊まっている部屋よりずっと手前にあり、エレベーターホールから暫く進んだ場所に位置している。確かにこの位置なら逃げやすそうだ。尚更部屋に戻るわけには行かなくなった。手に握りしめたままの小銭を適当につまみ取り、扉に立てかける。目印というにはあまりにチャチだが、逃走の準備をする猶予は与えられない。
そうして屈めた腰を上げようとしたところで、突然扉が開いた。コインが内側に倒れるのが見える。それを気にしている余裕もなく太い指に腕を握り込まれ強く引かれる。受け身を取ろうとしたが、中途半端な体勢だったために肩から床に倒れ込んだ。
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作者名:タイガ | 作成日時:2023年8月28日 20時