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販売機が並べて置かれているスペースは、一度に利用する人数が少ないせいか少し狭い。丁度鉢合わせるような形で入ってきた俺に驚いたように、中にいた先客は大袈裟に肩を震わせた。黒いスーツを身に纏い、縁の厚い眼鏡を掛けた初老の男だ。
「あっ、と……すみません」
「あぁ、いえ……」
顎を引いて頭を下げれば、同じように男も軽く会釈する。暫く間があいて、男は今まさに押そうとしていたのであろうボタンへ指を掛けた。
「ここへはお仕事で？」
世間話をするつもりでそう声を掛ける。横目でこちらを見た男が、太い指でボタンを押した。がこんと音を立ててボックスが排出される。それを拾い上げながら男は曖昧に答えた。
「……そんなところです」
やつれた顔を歪ませている。笑っているつもりなのだろうが、疲れからか頬の筋肉が引きつっているようだった。側面のビニールを爪がカリカリとめくる音がした。それを横目に、小銭を投入する。いつも吸っている銘柄が見当たらない。仕方なくパッケージが似ているものを選んでボタンを押す。
「では、私はこれで……」
ビニールをゴミ箱に捨てて、男が立ち去っていく。どうも、と片手をあげて見送ってから、タバコを取り出し、お釣りを受け取る。やたら多い小銭に首をかしげた。何をそんなに慌てていたのだろうか。お釣りをとり忘れるなんて。この場から立ち去った男に意識を向けた時、何かが引っかかった。足音が聞こえないのだ。
このフロアは喫煙所から各部屋までそれなりに距離がある。どの部屋に入るにしても、男がここを出てすぐに靴音が聞こえなくなるのは不自然だ。いや……気づかなかっただけでここを出る時にも男は足音を立てていなかった。それどころか俺がここに入ってきたとき、男の気配を感じなかった。おかしいと思わないか。今からボタンを押してタバコを買うってタイミングで、喫煙所に入ってきた俺と、なぜ鉢合わせるような体勢になるのか。彼はきっと、誰か来ると気付いて、身構えたのだ。
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作者名：タイガ | 作成日時：2023年8月28日 20時
