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「……何か用ですか」
不躾に眺める俺の視線を気にしてか、安室の目がこちらを見た。そんなにあちこち目を光らせて疲れないもんかねと少しだけ呆れる。下手なことを言えば噛みつかれるのは目に見えているので、大人しく首を横に振る。
本に付属しているひも状の栞を開いていたページに挟んで、安室は静かに本を閉じた。
「なんだ、読書は終わりか？」
「見られていると落ち着かないんですよ」
溜息を無理やり飲み込んだような顔をしている。あー、扱いかねてるなぁと思いながら、一応は歩み寄る努力を見せている安室に拍手でも送ってやりたい気分だ。初めてあった日に比べるとトゲトゲしさも幾分マシになっている気がする。このまま言葉を交わすなら、さらに距離を縮められるかもしれない。そこまで思い至って、上半身を起こした。
「……スコッチ？」
「ちょっと、タバコ吸ってくる」
安室の目を見れなかった。自分の携帯と、お世辞にも綺麗とはいえない小銭入れをポケットに突っ込んで、安室の横を通り抜ける。部屋のドアノブを捻ると、自動で鍵が開く。背後でバタンと扉の閉まる音が聞こえるまで、顔が上がらなかった。
「……はー、まったく」
扱いに困るのは俺の方だと独りごちた。以前のようにくだらない話で談笑したいと思う反面、近寄りすぎてはならないと啓示のようなものが頭を過ぎて、板挟みにあう度に頭がキリキリ痛む。いつか、あいつの前から姿を消す日が来るだろう。それは予感めいていた。ならば、できるだけ悲しませないようにしたいと思うのは浅はかだろうか。俺が死んだ後の降谷零アイツは、組織に恨みを募らせながら、それをお得意の仮面の下に隠して生きるんだろう。組織の駒として、その仕事を忠実に遂行するんだろう。そんな生活がどんなに苦しいものなのか、想像するだけでおぞましい。
重ね合わせた両の拳が、額にぶつかる。そんなことをあいつにさせるくらいなら、親友というポジションを捨てよう。それが一番だ。俺はただの下っ端でいい。使い潰されても結構だ。今まで通り、少し離れた位置に属するだけでいい。決意を固めるように、解いた両手で頬を打つ。あまり時間をかけても仕方ない。さっさと一服して、何食わぬ顔で部屋に戻ろう。そう考えながら、喫煙所に向かった。
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作者名：タイガ | 作成日時：2023年8月28日 20時
