引き際を誤る 2 ページ11
･
「わ、悪い……待たせた……！」
そう言いながら屋上に駆け込む。長い距離を休まず走ったせいで息が上がっていた。呼吸を整える余裕もなく姿を現した俺に、ライは目を丸くしている。そんな様子に気付かぬふりをしてその横まで歩み寄った。足取りは覚束無いし筋肉が硬直している気さえする。そのまま倒れるように、床から少し高い位置に設置された柵に腕を掛けた。
「……何かあったのか？」
「いや、ははは、なんでもないんだ」
安室の前では平静を装いながらもいたたまれなさでどうにかなりそうだった。脱兎のごとくホテルから飛び出してきたんですなんて言えるはずもなく首を横に振ったが、何でもない人間があの距離と、このビルの長い階段を訳もなく全力で駆け上がったりするだろうか。自分でも無理があると思う。それでも、ライがそれ以上追求することはなかった。そうだろうなと思っていたが、ライのこういうところは本当に有難い。
「それで、えーと部屋の位置だったな？」
本題に入ろう、と持ち掛ける。ライから受けた電話は、俺たちの部屋の位置を教えて欲しいという内容だった。というのも、ライが絞り込む部屋の条件というのが、夜の間もずっと明かりを灯していることなのだ。
比較の対象にもなるので、俺たちの部屋も夜通し電気をつけっぱなしにすることにしている。同じように一晩中電気がついている客室を見つけられたら、そこに小枝村が宿泊している可能性が高い。命を狙われている人間は、暗闇を怖がるもの。逆に命を狙う側の人間は明るい場所での殺害を避ける。どちらにも瀕している小枝村なら、尚更だろう。勿論それ以外の理由で部屋の電気を消さずに過ごす人もいるだろうから、翌朝俺たちが絞り込んだ部屋を一つずつ潰していくことにしている。
柵に絡まった腕を解いて真正面に見えるホテルの側面を見つめた俺に、ライが僅かに俯いた。
「いや……その件はいい。騙したようで悪いが、俺が君を呼んだのは別の用事があったからだ」
「別の用事？」
首をそちらに向ける。上げようとしていた腕を下ろして、その言葉の意味を模索しようとライを見た。細められた目と視線が絡む。見定めようとするようなそれは、どこか苦悩に歪んでいるようにも見えて思わず目を疑った。いままで見せたことがない表情だ。ふーっと一息で呼吸を整え、上体を起こして真正面からライに向き直った。
･
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 8人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：タイガ | 作成日時：2023年8月28日 20時
