百八話/蛇に睨まれた蛙 ページ8
なんとなく良い雰囲気が場を満たしていたはずだった。そこに堂々と笑顔で入ってくる男、太宰はまるでーー、
「悪魔……」
口の中だけでそう呟き、Aは明らかに嫌そうな顔をつくる。
全く、何の為に来たのか。早く用を済ませて帰って欲しいものである。
「太宰さん!もう、お風呂までついてて……本当に良い宿を有難うございます」
「厭だなあ、敦君。この位、先輩として当然だよ」
太宰はドヤ顔で敦に応じる。
少し大袈裟にも感じるが、孤児院育ちの敦に現在の社員寮は相当良い宿のはずだ。
そしてそれはAにとっても同じ筈でーー、
「なのになんですか……何か用でも?」
「そうなのだよ!実はねーー」
若干
「ちょっ、と……待って下さい」
「いいや、待たない!聞いてくれ給え!」
「厭、厭です、死にたくない……ちょ……っ」
耳を塞ごうとするAの白い手を太宰が掴む。
暫く無言で攻防戦が続くが、太宰も男。それに加えて腕の筋肉量が平均の女子並みかそれ以下のAが敗北を喫することとなった。
「実はねー?」
本気で厭がるAの反応を確かめるように太宰は目を細めた。獲物を
「ーーーー」
居心地の悪さを味わい乍ら
「ーー。Aちゃんを一寸だけ貸してほしいのだよ」
「ーーーー」
「貸す?」
悪寒の正体を告げられ、Aは自分の直感は間違っていなかったのだと脱力する。ーー正直云って間違っていて欲しかった。
一方で太宰は肩を落とすAの手をぱっと離すと、「そうなのだよ」と敦の問に答えた。
「今、猫の手も借りたい状態でねーーだからAちゃんに頼もうかなーと」
「どういう意味ですか!」
一応現在は深夜、日付も変わろうかという時間帯だ。故に声量を控えめにしてAは叫ぶ。
「大体、貸すって……」
「言葉通りの意味だよ。だから、私に借りられてくれないかい?」
そう云って目を細める太宰にAは後ずさった。
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作者名:女中 | 作成日時:2022年6月11日 11時