百二十五話/社会の基本 ページ35
「あ」
ふと、あることに気が付いて、Aは手を打った。
携帯があるなら時刻が判る。これは本で得た知識だ。実際に見たことは無い。そして、現在携帯は太宰が持っている。ならばーー、
「太宰さん、携帯貸して貰えませんか?」
「ーー。なんだい?急に」
呼び掛けると、太宰は躰を軽く跳ねさせた。怪しい。
矢張り何か隠しているのではないか。
そんなAの視線を受けて、太宰はゆるゆると首を振った。
「厭だよ。だって、携帯にはありとあらゆる個人情報が詰め込まれているのだよ?そんな物渡したら私の人には云えない秘密がーーちょっと、Aちゃん!?」
これでも貧民街で盗みを働いて生活していた身だ。
スマホを懐に隠そうとする太宰の手からひったくる。
少々強引になってしまった点は否めないが、太宰と会話していると余計に時間がかかりそうなので仕方がない。
内心でそう云い訳をして、携帯を手に後ろに下がり、太宰と距離をとった。
「取り返されると困りますから。って、これ……。太宰さん、パスワードとかは?」
「掛けていないよ?何せ、私は入水に忙しいのでね」
水に飛び込むと水没して直ぐに壊れるから掛けても仕方がない、と云いたいのだろう。
それでも持っているのは、国木田辺りが太宰に持たせているからか。
そんな理想主義である彼の胃痛を思うと、胸が痛んだ。
Aや敦にはある程度先輩面をする太宰だが、国木田となるとまた対応が違うのだろう。
悪いが、完全に他人事だ。
彼に幸あれ。
「兎に角!えーと……あ、これか」
画面に視線を滑らせ、目的であった時刻を確認する。
「もうこんな時間!?」
「ーー捕まえたっ!」
「わ!?」
これまで気配を消していた太宰と、Aの驚く声が響く。
嫌な風を感じて、直ぐに回避したのが功を奏した。
太宰はAを捕らえ損ない、たたらを踏む。
ーーAはそんな太宰を見下ろしていた。
「あっ……ぶない。都合悪いからって女の子に飛びつくのはどうなんですか?太宰さん」
「飛ぶのは狡くないかい!?それに、いくらなんでもあんな蛞蝓の異能でだなんて!」
抗議する太宰の視線は上を向いている。
コピーした中也の重力操作の異能を使い、宙を浮くAへ。
「ふふ、下で何を云おうが無駄です」
時刻を確認しようとするだけで飛び掛ってくる太宰。今も、彼の笑顔がなんだかぎこちない気がして不信感は拭えていない。が、問い詰めても無駄なので見なかったことにした。
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作者名:女中 | 作成日時:2022年6月11日 11時