百二十四話/不履行 ページ34
会話が一段落し、沈黙が落ちる。
関係が浅い割に、その無言状態は苦ではなかった。
「今、何時なんだろ……」
思いだされるのは太宰との食事。その後も服を見る行為を繰り返していたせいか、空は黒を映していた。
「ーーーー」
Aはアパートまでの道のりをまだ覚えていない。
故に、必然的に太宰の後ろをついていく形になっていた。
部屋に時計すらない目の前の男には、時計を見る習慣なんてないだろう。
あの部屋は太宰に似つかわしいほど綺麗で、不気味なほど生活感がなかった。まるで、誰もその場所で生活していないかのように。
「いやそれより、早くしないと敦君が寝ちゃう……」
就寝中の少年を起こす趣味はない。
どうにかして時刻を確認したい。
実は太宰が腕時計を忍ばせていたなんてことはないかと、彼に声をかけようとしてーー。
「……忘れてた」
消えかかっていた点が浮かび上がって、Aは呟いた。
太宰の砂色外套。その紐の部分を軽く引っ張って、此方に注意を向けさせる。
引っ張られる感覚に「うん?」と太宰は眉を上げた。
これから自分が何を云われるのか、判っている奴の顔だ。
だから、云った。
「動画、消してください」
「ーーーー」
「約束しましたよね?」
「あぁ、憶えていたのかい?あと少しだったのに。ーー判った!判ったから!そんな目で見ないで!圧が怖いのだよ!」
忘れたとは云わせない、の圧が込められた視線に、太宰は早々に降参の意を見せる。
仕方なさそうに懐から取り出したスマホ。太宰はその画面をAに見えるようにしてから、約束を実行した。
意外とあっさりで、肩透かしを食らった気分だ。
どうやら約束は守る
「はーい、ちゃんと確認したね?これで約束は終わり!」
「……何か隠してません?」
「藪から棒に何を云いだすんだい!?」
「だって、もっと粘るかと」
「ーー。はい、復唱」
空気が入れ替わる軽快音。太宰は手を叩いと、「いいね?」片目を瞑った。
仕方なくうなずくAに、太宰は息を吸って、
「私は先輩」
「太宰さんは上司」
「……君は後輩」
「私は探偵社員」
「ちょっと、地味に内容を改変しないでくれるかい!?」
太宰の云いなりになるのは癪だった。ので、これはAのささやかな抵抗だ。
それが成功して満足気なAを見て、太宰は目を細めた。
ーー彼が裏でこっそり動画を復元しているのに、Aは気が付かなかった。
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作者名:女中 | 作成日時:2022年6月11日 11時