百二十一話/躰の関係 ページ31
｢今度は敦君とも食べませんか？先輩としての威厳を見せつけましょう｣
｢だからもうお金な……そうだ！！国木田君に奢らせればいいのだよ！全く、こんな簡単なことを忘れていたなんて……！｣
｢……そういうところですよ｣
太宰には聞こえないよう呟いて、Aは目を細める。先輩後輩の関係なんて、太宰には到底早いのだ。
前職でもろくに先輩をしていなかったのだろう。だって彼は不器用すぎる。
金がないと呟く先輩はとてもとは云えないが、尊敬できない。というか、心配の域だ。
｢それなら、無理してまで奢ってくれなくても……｣
｢おおっと、それは云わないお約束なのだよ。まあ、そこまで云ってくれるのなら、一つ条件を提示してあげてもいいけど？貸しになるのは厭だろう？｣
｢まあ、そうですね｣
｢じゃあ後輩として一つ、私の命令を絶対に実行する権利を与えよう｣
くそ、厭に機嫌が良いと思ったら云いたかったのはこれか。完全に嵌められた。
｢……そういうことするんですか？｣
｢なんでそうなるんだい！？｣
｢え、だってそれ以外に何が……｣
｢Aちゃんの私への評価は置いといて、流石にしないよ｣
『そういうこと』で通じ合えたことから、疑念が益々深まる。
太宰は、酷いなぁとでも云いたげに眉を下げているが、彼は実際そういう雰囲気を漂わせているのでしょうがないと思う部分もある。
危ういというかなんというか。上手く言葉には出来ないが。
ともあれーー、
｢あ、判りました｣
｢お、聞かせてくれ給え｣
｢こういうのは、危機的状況に陥った時に使うんですよね？本で良く見ます｣
成程。そういうことだったのか。ふわふわしていて掴みどころのない太宰だが、判りやすいところもあるらしい。それを意外に思い乍らも、うんうんと頷いた。
Aが長年本で培ってきた無駄な知識が使われた瞬間だ。
｢え、違うのだけど｣
だからこそ、Aの云い分を即否定した太宰に瞠目した。
｢小説じゃあないんだ。大事な局面でそんな命令の仕方はしないよ｣
｢ーーーー｣
｢命令しなくとも動けるよう布石を打っておく。これ、基本ね｣
声音はおちゃらけていて、真面目に云っているのか判断出来ない。そんな軽さをもったまま、太宰は｢うふふ｣と笑った。
そして早とちりしたAは、本の知識を暫く多用しないことを心に決めたのだった。
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作者名：女中 | 作成日時：2022年6月11日 11時
