彼女の秘密 ページ23
無意識に窓を拭く手は止まる。
Aの顔は、どこか寂しそうな表情をしていた。
すると、俯くAの姿を写す窓に、異変が起きる。
窓ガラスが急に曇り始めたのだ。
人間達の方へ意識が向けていたAは、まず自分を落ち着かせ、静かにそれから数歩離れる。
周りを観察するも、特に変わった様子は無い。ホテルの中と外とでは温度差はあるものの、曇るほどのものではない。
明らかに自然に起きる現象ではない。
誰かが、外から見えないホテル内にいるAの場所を探り当て、彼のいる場所だけに魔法を仕掛けたのだ。
首筋に伝う冷や汗を拭い、Aは前にある窓を見据える。
下から曇り始めた窓ガラスは、もう全体が真っ白になっている。そこから伝わる魔力は弱々しいものだが、警戒を緩める訳にはいかない。
Aが窓を睨み続け、十数秒。
曇った窓ガラスに、何かが浮かびあがる。時間が経つにつれ、それがだんだんはっきり見えてくる。
魔法を使える者にしか分からない、魔術語だ。
指で書いたようなその文字を、Aが読み上げる。
A「……『笑って』ですか」
書かれたメッセージの内容は確かに嬉しいものだが、誰がこんなことをするのかAは見当がつかない。仕掛けた本人が慣れていないのか、習ったばかりのような拙い書き方の文字。リクルーター達は勿論魔術語をマスターしているので、こんな字にはならない。伝えたいことがあるならわざわざ魔法を使わず、直接口で言う主人ばかりだ。
彼が首を傾げて悩んでいるうちに、少し下に丸みを帯びた別の文字が浮かびあがる。
それに気付いたAは、思わず目を見開く。
それは、Mr.Vの執務の手伝いで、何度も見た事のある名前。
A「………スキャター、様？」
彼が呟いた時、エントランスホールの扉が開く音が聞こえた。
左腕にある時計の針を見て、リクルーター達がホテルに帰ってくる時間というのを認識した瞬間、Aは急いで目的地に向けて姿を消した。
真っ白に曇った窓ガラスは、いつの間にか外が見える本来の綺麗な状態に戻っていた。
まるで、何もおかしなことなどなかったかのように。
いつもより遅れながらも主人達を迎えたAは、先程メッセージを送ってきた彼女を見つめる。
その視線に気付いた彼女、Ms.スキャターは、Aに向けて、にんまりと歪ませた赤い唇に人差し指を当て、悪戯っ子のような表情を見せた。
まだ人間である彼女の、とある秘密を知った午後だった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 127人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「男主」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
かしおれ(プロフ) - リンネさん» リンネさん初めまして。閲覧ありがとうございます。その言葉ひとつがとても嬉しいです。お話はもう少し続くので、よければお付き合い下さいね。 (2019年1月8日 22時) (
レス) id: 8439607bfd (このIDを非表示/違反報告)
リンネ - 手下好きなので嬉しいです！凄く好きなタイプの話だったので続きが気になります！頑張って下さい (2019年1月7日 17時) (レス) id: 679ef415fd (このIDを非表示/違反報告)
まるごと林檎。 - かしおれさん» おお…！返信が来るとは…！！ありがとうございましっ！これからも見させていただきます！！ (2018年12月21日 0時) (レス) id: d45bba4278 (このIDを非表示/違反報告)
かしおれ(プロフ) - まるごと林檎。さん» まるごと林檎さん初めまして。閲覧ありがとうございます。その言葉が励みになります。もう少しお話は続くので、またよかったら見ていってくださいね。 (2018年12月20日 23時) (レス) id: 8439607bfd (このIDを非表示/違反報告)
まるごと林檎。 - 今まで見たものとは違い、全く新しいお話だったので最後まで読み進めちゃいました！これからも頑張ってください！ (2018年12月19日 14時) (レス) id: d45bba4278 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：かしおれ | 作成日時：2018年12月11日 22時
