+1《変わり始める》 ページ1
「ごきげんよう、三郎くん」
「…」
「返事は？」
「…おはよう」
「ふふ、それでいいの」
くだらない。
何がごきげんようだ。機嫌なんて最悪。
昨日から佐藤茉由の名目上の恋人となった僕は、毎朝一緒に彼女と手を繋いで登校することを義務付けられた。ここが地獄か。
夏のはじまり。じわじわと肌を焼くような太陽の下で繋いだ手は小さく、肌は絹のように透き通っていて、爪の先まで美しかった。
普通の男だったらこういう女と手を繋いで歩くなんて夢物語の如く栄誉なことだろう。
でも僕にはそんなもの必要ない。本当に手を繋いで歩きたいのは、こんな女じゃない。
「三郎くん。無愛想な顔しないで」
「…」
「笑って。私を見て…笑って」
立ち止まった茉由が、僕の顔を真っ直ぐに見上げてくる。
僕は、形だけの笑みを浮かべる。これまで色んな人に向けてきた、愛想笑い。
茉由が僕の反応を愛おしげに見つめてきたその時、遠くでシャッターを切る音がした。
「……何、今の音」
茉由が音の方に顔を向けると、うちの学校の制服を着た生徒が、スマホを僕らに向けて構えていた。
そいつは、僕らの視線に気づくなり瞬く間に走り去っていく。
「っ…」
「趣味悪いことをするのね。でもまあ、いっか」
どうせ、この私たちの関係はすぐに明るみになるのだから。
そう言ってひどく楽しそうに笑った茉由は、再び僕の手を引いて歩き出した。
＊＊＊
「え、まじかよ…あいつら付き合ってんの？」
「嘘〜！？」
男女が人目も憚らずに手を繋いで歩いていたら、注目されるのも無理はない話で。さっきからすれ違う人々ほぼ全員の好奇の目が僕らに向けられている。
学校の正門を潜り抜けても、廊下を歩いていても、自分の教室に着くまで茉由が僕の手を離すことはなかった。
教室までの距離がとてつもなく長く感じた。
「じゃあね、三郎くん。また後で……あ、そうそう」
「…？」
ようやく教室まで来たが、茉由は自分の席に着く前に小声で僕に伝えた。
「私、放課後は塾があるから会えないわ。本当は一緒に帰りたいところだけど、いつも決まった時間にうちのハウスメイドが車で迎えに来て、そのまま塾に向かうことになっているの」
「…」
「そういうことだから。それでは、また昼休みに」
教室に入る背中を黙って見送った後で、僕もすぐ隣の、自分の教室に入った。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 112人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
れい - 豊富な語彙が魅力的です。感情の表現が上手で感情移入しちゃいます！このお話が大好きです。一番好きです。 (2020年7月8日 17時) (
レス) id: 4faf975b53 (このIDを非表示/違反報告)
美月(プロフ) - 糖分さん» こんばんは。ありがとうございます…！私も2人の幸せを祈るばかりです…更新頑張りますね。 (2020年5月28日 19時) (レス) id: 37bdf40b5c (このIDを非表示/違反報告)
糖分 - コメント失礼します。切ないお話ですがもうずっと2人とも幸せになって！！って祈ってます…これからもがんばってください！ (2020年5月27日 18時) (レス) id: e6fa3a79ce (このIDを非表示/違反報告)
美月(プロフ) - いぬさん» いぬさん、はじめまして。作者は一刻も早く三郎くんと主人公に幸せになって欲しいので、多少無理してでも更新していきたいと思います。応援して下さり、ありがとうございます！(; ;)どうかこれからもお付き合いください。 (2020年5月19日 17時) (レス) id: 37bdf40b5c (このIDを非表示/違反報告)
いぬ - はじめまして。いつも楽しく読ませて頂いています！三郎君と夢主さんの今後の展開が読んでいて気になりました。美月さんのペースで頑張って下さい！！応援しています！！ (2020年5月18日 10時) (レス) id: db46678bdc (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：美月 | 作成日時：2020年5月13日 4時
