91 傷と幻 ページ42
「プリン、無事に買えて良かったね」
「行列に並ぶとか、この歳で人生初!」
『疲れたぁ』と言いながらも、悟の表情は晴々と爽やかだ。
悟は昔から、初めてすることに対して楽しさを感じるタイプだから、何をするにもいつも楽しんでいた。
「んじゃ、お昼食べてから帰ろうか」
「うん!」
まるで、デート。
車の乗り降りも、お店に入る時も、ただ街を歩いている時さえも、悟の恋人だと錯覚してしまうほど自然にエスコートしてくれた。
悟は間違いなく上流階級の人間で、ハイスペックだと否応なく認めさせられる。
「悟の恋人になる人は、幸せだね」
「なに、急に」
「だって…女子がときめく完璧エスコートしてくれるから…」
「…普通じゃん。できない奴が無能なんだよ」
辛辣。
誰もが悟みたいに完璧には振る舞えない。
綻びは必ずある。でも…
「悟は“最強”だもんね」
「…当然…だろ」
言葉尻が弱くなり、ふと悟の横顔を見上げたら…
放っておけないほど、悲哀に満ちた瞳を潤ませていた。
「…ごめん…傑のこと、思い出させちゃったね…」
学生の頃、悟と傑は二人して“最強”だと自負していた事を思い出す。
嘘でも何でもない真実だから、誰も反論しなかった。
「…別に…思い出してねぇよ…あいつの事なんて…」
「…うん…」
否定する悟を、あえて追求はしない。
そうしなくても、分かっているから…
何をどうしたって、傑を忘れるなんて出来ないこと──
「──え…」
道路を挟んで反対側の歩道。
見覚えのある袈裟と長い黒髪が視界の端を掠めた。
(傑…!?)
「…っ傑!!」
「は…? A!?」
絶対そう。あれは傑だ。
見間違いなんかじゃない。
そう確信した瞬間に、私は走り出していた。
唐突な私の行動に、悟が驚いて追いかけてくる。
「A! 待てって!」
「傑が居たの! 追いかけなきゃ!」
「傑…って居るわけねぇだろ! A!」
呼び止める悟を振り切ったと思ったのに、足の長さと歩幅、鍛え方も違うから足の速さは歴然で、すぐに追いつかれて二の腕を掴まれた。
「離して! 傑…!」
「傑が居るわけねぇだろ! 見間違いだ」
「そんなはずない! あれは傑だった…ッ…傑だったの!!」
「A! 傑は…あいつは俺が…ッ」
あ…
ダメだ私。
悟の傷をうっかりにも程がある軽さで、さっきよりも深く抉ってしまった。
居るはずのない傑の幻を追いかけるよりも、今傍に居てくれる悟の方が大切なのに…
「ごめん…悟…きっと他人の空似──」
掴まれていた腕をグッと引かれ、
「──お前には…俺がいるだろ!」
悟の両腕の中に囲われた。
*
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作者名:ゆずあ | 作成日時:2022年12月24日 9時