80 からかっただけ ページ31
補助監督が逃げるように走り去って、悟と向かい合い二人きりになる。
けれど、悟の纏う空気はピリピリと刺すようで、そのうえドロドロと重いまま。
なにこれ…どうしよう…
…何か怒らせた…？
「悟…？」
「…俺、気をつけろって言ったよな」
「えっと…そう、だったかな…」
「…ﾁｯ…言ったんだよ！！」
唐突な怒声にビクッと肩を震わせ、身体を縮ませた私に気づいた悟は…
はっ…としたバツの悪い表情に変わった。
「…ゴメン…」
「…ううん…私も…ごめんね…」
何かは分からないけれど、悟の気に障ったことは確かだ。
私が謝ると悟は目を見張り、めちゃくちゃ大きくて長く深いため息と共に、頭を抱えてその場にしゃがんだ。
え…なに…なんで…？
私も悟の前に膝を揃えて腰を下ろし、首をかしげて顔を覗き込む。
「悟…どうしたの？ 任務、辛かった…？」
「…ちげぇよ。ただの自己嫌悪。放っとけ…」
「無理。放っておけない。自己嫌悪って何で？」
「お前のせいじゃねぇから気にすんな」
片手で頭を抱えそっぽを向く悟。
自己嫌悪なんて…すっごくらしくない。
「悟」
悟の頬を両手で包んで強引に前を向かせ、視線を合わせた。
「ちゃんと私の目を見て。言いたいことがあるなら言って」
「なっ…A…放せっ！」
「やだ。ちゃんと話してくれるまで放さない！」
「やめろって…ッ…意味分かんねぇよオマエ！」
いつも私には話してくれないんだ、悟は。
硝子には色々と話してるくせに…
頑なに唇を引き結んで言葉を飲み込む悟に苛立って、私も引くに引けなくなる。
何度か同じやり取りを繰り返したあと…
じっ…と、無言になった悟の真っ直ぐな視線に射抜かれた。
目を逸らせず固まった私に、ふと近づいた悟の顔で視界が遮られ…
──ﾁｭｯ…
小さなリップ音が鳴って
すぐに悟の顔が離れていく。
(…え、今のキス？…なんで…？)
一瞬の出来事に放心して、理由を考えあぐねている間に、悟が私の手から逃れてザッと勢い良く立ち上がった。
「隙がありすぎんだよ…ばぁか」
「な…ひど…」
高校生並みの捨てゼリフを残し、言葉をもたつかせる私の横を通りすぎた悟。
振り返り、足早に遠ざかる大きな背中を見つめる。
今の…唇…
ちゃんとしたキス…だった…
何で…悟が私に…？
隙があるって…どういう意味…？
「からかっただけ…だよね…きっと…」
悟のことだから、触れるだけのキスに意味なんてない。
聞き分けのない私を撃退する方法のひとつに過ぎないはず。
だから…
ドキドキするなんて、絶対おかしい。
悟にそんな感情を抱くなんて…
おかしいよ──…
*
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作者名：ゆずあ | 作成日時：2022年12月24日 9時
