5 『愛』を知った日 ページ5
「お食事をお持ちしました」
「あぁ、ここへ持て」
Aは裏梅の指示通り、毎日毎食、生真面目に俺に食事を運んできた。
そのたびに部屋の隅に姿勢良く座り真っ直ぐ前を見て、俺が食べ終わるのを無表情で待っている。
「美味いな…これは、お前が作ったのか?」
「はい。お口に合ったようで光栄にございます」
Aはそう言って、恭しく畳に両手を付き頭を下げた。
一ヶ月後には、こうして多少の会話が成り立つまでになっていたから、そろそろ伽くらい出来るだろうと安易に考え、ある夜、部屋に呼んでみたんだが…
「宿儺さま。Aでございます」
御簾越しに映る影が、深々と頭を下げた。
言葉遣いもだが、やけに丁寧に躾られた所作。
その辺の町屋の娘や、春を売る遊女とは訳が違う。
「入れ。遠慮はいらん」
「はい。失礼致します」
だが表情は無感情極まりなく、身体のどこを触ろうと目をつぶったまま。
吐息は漏らすが甘く愛らしい声は出ない。
俺の欲は完全には満たされなかった。
俺の好きに身体を弄られ、淫らに鳴き乱れる様が見たいのだ。
「つまらんな」
こんな反応では、征服欲も満たされず、嗜虐心も湧きはしない。
早々に欲を発散して切り上げ、Aの横に汗ばんだ気怠い身体を転がした。
すると、仰向けで天井を見つめたまま、片手ではだけた胸元の着物を手繰り寄せ、もう一方の手で着物の裾を閉じ、珍しくAから口を開いた。
「宿儺さまは…お優しいのですね」
「優しい…だと…? 一体何の話だ?」
唐突な物言いに驚いて半身を起こした俺に、Aは視線を合わすことなく目をつぶり、ほんの僅か微笑んだ。
「俺は見ての通り異形の身だ。怖れて泣いて逃げ出したとしても、誰も後ろ指など差さん。だから本音を言え」
「いいえ。…もう…怖くはありません。宿儺さまは本当にお優しいです」
何を考えているのかまるで分からなかったが、その微笑みは今まで見たどの女の笑顔よりも美しかった。
初めて見せた感情の乗った表情に、俺はまんまと高揚した。
まるで甘い罠だ。
その後は無言で目をつぶり、あろうことか俺よりも先にスヤスヤと寝息を立て始めた。
無防備にもほどがある。
もう一度襲われても文句は言えない。が…
何故か愉悦を感じるこの状況。
そっと手を伸ばしてAを抱き寄せ、同じ布団を掛けて眠った。
この時、俺は生まれて初めて、この身が異形であることを呪い、生まれて初めて、女に対して甘い感情を抱いた。
それが『愛しい』と呼ばれる感情で、
『愛』を表す言葉であると知ったのは、
それから数ヶ月後のことだった──…
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ゆずあ(プロフ) - ねかあさん» ご愛読ありがとうございます!このようなマイナーな作品を気に入っていただけたようで嬉しいです(*>∀<*)♪このお話の恋の行方は悲しいものと決まっていますが、最後まで見届けていただけると幸いです。 (11月2日 7時) (レス) id: 2fea8fb6ab (このIDを非表示/違反報告)
ねかあ(プロフ) - うわわわわああああ!!すききききききいいいい!ありがとうございます。こんなに良い作品を (10月31日 22時) (レス) @page15 id: 705b80bf73 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ゆずあ | 作成日時:2023年3月18日 11時