エオリアンハープ

☆★☆★ ページ28

「羽生君！」

終わった後もしばらく呆然となっていた俺が、とりあえず家に帰ろうと会場から出ようとしたとき、ドレス姿のままの彼女に声をかけられた。
舞台では特に意識しなかったが、こうやって肩があらわになった姿で目の前に立たれると、いくらフィギュアの女子選手の衣装を見慣れているとはいえ、目のやり場に困る。

「今日は本当にありがとう。助かったわ。」
「え？あぁ、俺も楽しませてもらったよ。」

何と言っていいのかもとっさに思いつかず、なんとなく目を泳がせてとりあえず無難な答えができたと思う。

「ゆうくん、ほら、お兄さんにお礼を言うんでしょ。」

彼女の長いスカートの後ろから、さっきのゆうくんがひょっこり顔を出す。

「ゆうくんね、演奏前に羽生君が応援してくれたのがすごく嬉しかったんだって。だから、どうしてもお礼が言いたいって。」

ほら、と、彼女はゆうくんの背中を押して、俺の前に立たせた。
ゆうくんはちょっとテレながら

「お兄ちゃん、さっきはありがとう。」
「ゆうくん、すごくかっこよかったぜ！よくがんばったな！！」

しゃがんで彼と目の高さをあわせて、また頭をぽんぽんとしてやった。
ゆうくんは、テレながらもさっきより俺をまっすぐ見て
「ぼく、弾いてよかった！」

「そっか。うん、せっかく頑張ってきたんだもんな。」

なんとなく、俺の小さい頃を思い出すなぁ、なんて思ってゆうくんを見ていたら、そんな俺たちを見て嬉しそうにしている彼女の笑顔が見えた。

えっと、彼女にも何か言わなきゃ、でも、何を言えば・・・と、思って彼女の顔を見上げると、彼女は一瞬俺の方を見たかと思うと、目をそらすようにすぐにゆうくんの方を向いて

「ゆうくん、じゃ、戻ろうか。今からお写真撮るから。」

と、彼と会場に戻ろうとした。

「じゃ、ゆうくん、またな！」
と、彼と握手をした。

にっこり笑った彼は、彼女の方に体をむけたかと思うと、すぐにこっちを振り向き、俺の耳元でこそっとささやいた。

「お兄ちゃんって、Aおねーちゃんの彼氏？」


は？
こいつ、ちっちぇーくせ、何言ってやがる？？

「学校のお友達だよ。」
「そうなの？」

と、不思議そうに俺と彼女の顔を交互に見た後、なぜかほっとしたような笑顔を浮かべ、「じゃーね！」と俺に手を振りながら彼女の手をとった。

彼女も「本当にありがとう。じゃ、学校でね！」と、あの舞台の上で見せた笑顔とは違う、いつもの笑顔で手を振り、舞台の方に帰って行った。

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