【HQ】蝶は華と生きる。

90話 ページ11

「…なにアレ？」


成宮はいつも笑顔でいる少女だ。

彼女のことを知っている人間なら、十中八九そう言うだろう。

だが、今の成宮は笑顔でいることを無意識に、本当に無意識に放棄してしまっていた。


「いいぞいいぞ猛ー！」

「ナイスキー猛！！」


彼女が見つめる先にいるのは次の対戦相手、和久谷南高校主将の家族だった。

誰よりも大声で元気よく、家族総出で応援し、それに嬉しそうに応える和久谷南主将の中島猛。


「うおっ家族が応援に来てるのか！伊達工と戦うためにはまず、あいつらに勝つ！」


そんな闘志を燃やす横の日向の言葉ですら無表情な彼女は「そうだね」と薄く反応をするのみ。


「お、おいAどうしたんだよ？」

「変なもんでも食ったんだろ」

「え？あ…ふふっ影山ったら私のことどんな野生児だと思ってるのさ」


日向から向けられる心配そうな視線、そして影山からの何気無い言葉でハッとした成宮。

ようやく自分の表情に気が付いた彼女は一瞬苦虫を嚙みつぶしたようになるも、再びいつもの調子に戻った。


「…はぁ」


そんな様子を後ろから見ていた人物が、ため息を吐きながら彼女らに近づく。

振り返った成宮が再び顔を歪ませるのに、時間はかからなかった。


「やほやほツッキー！どしたの？」

「成宮さぁ、馬鹿なの？なんで自分から見たくないもの見ようとするワケ？」

「え〜なんのこと？」


おどけてみせた彼女の拳は強く握られ、月島もそのことにすぐに気が付く。


月島は察していた。

愛する子供のために笑顔で応援する"家族"という存在に、
もう二度と成宮が取り戻すことができない眩い輝きに、彼女は嫉妬していたのだった。


「自分が一番よく分かってるデショ？」

「ねぇ…いくらツッキーでも怒るよ」

「はいはい、言わないよ。でも…」


偶然にも合宿中に赤葦から聞き、彼女の家庭事情を知った月島。

赤葦さん。
守りたいなんて言ってた割に、今それが出来るのは目の前の僕だけかもなんですケド？


パシリと彼女の手首を掴んだ月島はそのまま引き寄せ、歩き出す。

成宮本人を含め、訳が分からない一同はぽかんと口を開けた。


「キミは溜めすぎなんだよ。見たくないものは見なくてもいいんじゃない？」

「ちょ、ツッキーなに、」

「すみません、こいつ具合悪いみたいなんで少し外の空気吸わせて来ます」

「…はぁ。すみませんすぐ戻って来ます！」


月島の剣幕に、諦めたように唇を噛みしめた彼女は大人しく従ったのだった。

91話→←89話

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す