第三十話 ページ32
太宰が一歩退いた。
「何……だって？」
中也の表情はどこまでも静かだった。
その顔は何も示唆しておらず、何も意図していなかった。ただ事実のみを述べた顔だ。
「やはりそうか」
蘭堂はゆっくり頷いた。
「薄々そうではないかと思っていた」
「俺の記憶は人生の途中からしか存在しねえ」
中也は静かな声で続けた。
「衝撃で一時的に記憶を失ったあんたとは違う。八年前のあの日以降しか、人生そのものが存在しねえんだ」
それ以前は闇だ。青黒い闇に浮かんでた。
どこかの施設に封印されてた。《荒覇吐》は神じゃない。死者を蘇らせる力もない。
「俺っていう人格がどうして存在するのかも判らねえ。判るのは、誰かの手が封印を破って、俺を外に引っ張り出したってことだ。
青黒い闇。透明な壁に取り囲まれた、重く静かな闇。
そして、封印を破る、力強い誰かの手。
「答えてもらおうか」
中也は云った。
「あんたは何処で俺を見つけた？何故俺を連れ出した？そしてどうやって《荒覇吐》の完全体を顕現させた？それを知るために、俺は事件を追った。ようやく会えたぜ、さあ、全部吐いてもらおうか」
返事はなかった。
蘭堂は俯き、表情を隠して震えていた。
寒さからくる震えではない、
「無論、無論。教えるとも……君にはそれを知る資格がある」
蘭堂は低くよく響く声を云った。
「しかし口で説明するより、見たほうが早かろう。これが八年前、私が君にしたことである」
周囲の風景が切り替わった。
空間が反転し、風景が切り離された。周囲はそれまでいた造船所跡地ではない、全く別の何かになった。
「……蘭堂さんの亜空間異能？」
太宰兄妹が周囲を見回した。
「みたいだね。だが、ここまで大規模な亜空間転送が可能なんて、一度も報告が……」
異能による亜空間は造船所そのものを覆い尽くすほど広大に展開されていた。屋根よりも高くまで展開された亜空間そのものが深紅に輝き、揺らめいている。
「知っての通り……私の亜空間は、通常空間から隔絶された異世界だ」
蘭堂は云った。
「私が招かない限り、何者もこの空間の中へ入ることはできない」
「桁違いだ…」
太宰が周囲を見回した。
「これほどの出力、準幹部の水準を軽く超えてる。幹部級、いやそれ以上……こんか巨大な異能を今まで隠していたのか？組織の誰にも、知られずに……？」
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作者名：十六夜紅葉×山吹 x他2人 | 作者ホームページ：http://yuuha0421
作成日時：2023年6月15日 20時
