Signal.

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「あんたも学習しないな…登さ」

『登坂さん』

「……そ」


こんな時まで呼び方に固執する臣さんに、何しにきたの、なんて言えなかった。

…今まで散々避けてきたくせに。

臣さんと同じ空気を吸うのも、今は苦痛でしかない。


『……失礼します』


なんとかそれだけを発すると、遮るように臣さんはドアに凭れた。


「…泣いてた？」


嘲るような声色。

臣さんの靴の先しか見えないけれど、きっとまたあの意地悪な笑みを浮かべているんだろうな、なんて。

…容易に想像できちゃうくらい、私は臣さんが。


「隆二に嫌われちゃった？」

『…どいてください』


この人はどうしたいんだろう。

格下の私を貶めて、楽しんでるだけ？


「図星かよ」

『…私と今市さんが関わるのが、そんなに気に食わないんですか？』

「……」

『図星、ですね』


悔しくて、つい言い返して臣さんと同じように笑みをこぼす。

こんなことしたってどうにもならないことくらい、わかってるけど。

やられっぱなしじゃ性に合わないなんて、誰にでもない言い訳をして。


『……もう、いいですか』


これ以上は私が持たない。


「…俺ら使ってお気楽に仕事してるくせに偉そうなんだよ」


すれ違う瞬間、耳元に吹き込まれた。

…そう思われてるなら本望なのかもしれない。

大丈夫。

今更、それくらいじゃ傷つかない。

弱い心に鍵をかけて、強い自分だけを見せて。

ひとりでも平気だって、笑ってみせて。


『っ…』


お手洗いに駆け込んで、こぼれそうになる涙に栓をする。

泣いたら、撮影で確実にバレるから。


『大丈夫、大丈夫…大丈夫』


こういう時だけ、言霊って効くもので。

少しずつ息苦しさが緩和していくことに安堵する。


【さっきはごめん】

【なんか理由があったんでしょ？】

【俺はAちゃんのこと信じてるから】


いつの間にか届いていた今市さんからのLINEには既読だけをつけた。

大切な時期の三代目さんのチームワークを、私が乱すわけにはいかない。

一瞬でも、今市さんが味方で嬉しかった。

…待つのは慣れてる。

ほとぼりが冷めるまで、きっとあと少し。

ピリピリと痛む左薬指に爪を立て、深呼吸。


『……大丈夫』


もう、あの時とは違う。

瞳の奥に見えた光を、ひとりでも迷わず追っていけるから。

だからせめて、タイムリミットまでは…貴方との恋人ごっこに浸らせてください。

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