愛のフルコース【伏黒恵】

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Aさんの様子がおかしい。今朝話しかけた時謎の言い訳をして逃げられ、今話しかけても一度も目を合わせてこない。

理由を聞こうにもすぐ逃げようとしたため、手首を掴んでそれを阻止した。黙って彼女を見下ろすが、俯いたままぴくりともしない。俺が何かしたのか…？今朝から数十回もした回想をして、少なくともこの一週間以内にその原因がないことを確かめる。昨日の夜まで普段と変わらない態度だった。

「もういいです、あんたがその気なら俺ももう話しかけないんで」

このままでは埒が明かない。伝言は虎杖経由にするんで。それだけ告げて立ち去ろうとすると、無言で制服の裾を掴まれる。

「こっち向かないで聞いて」
「…わかりました」

珍しく掠れた声に、つい頷いてしまう。顔見て言えない程のことか？怪訝に思いつつ続く言葉を待つと、数十秒後、Aさんが口を開いた。

「夢、見たの」
「夢？」
「恵が出てきて…その、顔を合わせるのが気まずくなるような夢」

どういうことだ。説明されてもピンとこない。顔を合わせるのが気まずくなる夢…何だ、夢の中で喧嘩したとかか？

「とにかく、夢のせいでこんな状態なんですね」
「…うん」
「わかりました。じゃあその夢を忘れたらまた声掛けてください」

そう伝えると、ようやく手を離された。相変わらずよく分からねぇ人だな。そう思いつつ振り返って、思わず目を見開く。

Aさんの顔は今まで見たことがない程真っ赤に染め上げられていた。頬だけでなく耳まで林檎色にして、俺と目を合わせず、唇を噛み締めている。

そこでやっと、彼女がどんな夢を見たのか検討がついた。何だよそれ、遅れて俺にもその熱が伝播する。クソ、そういうことかよ。にしてもこの人、夢のことなんか気にするようなタイプだったのか…

「だからこっち向かないでって言ったじゃん」

普段からは想像もつかないようなか細い声。僅かに狼狽えていた俺は、その瞬間目の前の彼女をつい可愛いと思ってしまった。

思わず零れた笑みに、Aさんが目を見張る。それから、また逃げ出そうとしてこちらに背を向けた。

「待ってください」
「何」

異様に短いその返事。一貫して俺の顔を見ようとしない彼女は、いつもと180度異なっていた。

「気まずくなるってどういうことですか」
「わかってるくせに！いじわるしないで！」
「わかんないですよ、言ってくれねぇと」

もうやだ、恵のバカ！そう叫ぶAさんが面白くて仕方がなかった。


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