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「…ちょっと飲みすぎなんじゃないの?」
いつもは眠そうなタクシー運転手が、怪訝な顔を一瞬だけこっちに向ける。俺はその声を無視して代金を押し付けると、そのまま車を降りた。
明け方のぼんやり白み始めた空の下を、フラフラと歩く。
兄貴が大きな発作を起こして病院に運ばれたあの日から、俺はずっとこんな調子だ。早い時間から酒を飲みまくって、柄にもなく女に甘い言葉を吐いて。
そうでもしないと、気が紛れなかった。兄貴は脳の検査とかがあって入院になったから、家にはいない。酒で頭を鈍らせておかないと、その事実に耐えられそうもなかった。
今日も味気ない一軒家に着いて、玄関のドアを開ける。乱暴に靴を脱ぎ捨てようとした時、かすかな違和感にピタリと足が止まった。
海「…兄貴?」
玄関に、兄貴の靴はない。それなのに、どこかに兄貴の気配を感じる。俺は夢中で廊下を通り過ぎて、奥の部屋に駆け込んだ。
室内に足を踏み入れた瞬間、あふれる違和感にめまいがした。でかでかとしたベッドに、タイヤのついた黒い椅子。ベッドの上の塊が、もぞもぞと動く。
閑「っうぅ…」
そこにいたのは、たしかに兄貴だった。でも、俺を見つけても腕を動かさない。体を起こそうともしない。
俺は兄貴のベッドに近づいて、膝から崩れ落ちた。酒は何の役にも立たない。兄貴がいるのが介護用ベッドだと、部屋にあるのが電動車いすだと、酒に酔ったはずの頭でどうしてわかってしまったんだろう。
俺は、なぜかスーパーで出会ったあいつのことを思い出していた。あの時、俺はなんで怒らなかったんだろう。なんで、兄貴が大好きだと言わなかったんだろう。
手をつないで兄貴と歩けていたあの時間が、幸せじゃないなら一体何なんだ。今さらどうしようもないことが、悔しくてたまらない。
海「兄貴、うみだよ。ただいま。」
頬が、ただただ熱い。
俺はもう動かない兄貴の手を握って、声を上げて泣いていた。
「涙の理由」fin.
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おさと(プロフ) - ぷりんさん» ぷりん様、こんばんは!続編のリクエスト、とても嬉しいです😭詳細な内容をありがとうございます!またまた長くお待たせしてしまいますが、どうか気長にお待ちください💦 (2022年9月21日 19時) (レス) id: d73b661cf7 (このIDを非表示/違反報告)
ぷりん - →あるサラリーマンには煩いと怒鳴られ殴られる。それでも元太を助けたい一心で諦めずに声を出して喚き続ける海人に救いの手が。優しい通行人が事情に気づいてくれ、救急車を呼んでくれて元太は一命を取り留める。長くてすみませんがどうかよろしくお願いします😭 (2022年9月20日 21時) (レス) id: 7d488f5410 (このIDを非表示/違反報告)
ぷりん - →急病人がいること、住所を懸命に声に出すが上手く発音できないので全く伝わらない。このままでは元太が死ぬと思った海人は紙に事情を書いて裸足のまま家を飛び出て、言葉にならない声で助けを求めて叫ぶ。訳の分からない大声を出す様子を見た通行人は皆侮蔑の目を向け (2022年9月20日 21時) (レス) id: 7d488f5410 (このIDを非表示/違反報告)
ぷりん - →元太はブラック企業に勤めており、ある日過労から突然心臓発作で呻き声を上げて倒れる。様子がおかしいと気づいた海人が大声で呼びかけるが反応はない。白目を剥き土色になってく元太を見た海人は、救急車を呼ぶため人生初の電話を決意する。自分は耳が聞こえないこと (2022年9月20日 21時) (レス) id: 7d488f5410 (このIDを非表示/違反報告)
ぷりん - 遅くなりすみません!「チョコよりあまい」とってもよかったです!書いていただきありがとうございます✨今更なのですが、続編をリクエストしても良いでしょうか?社会人になった2人はルームシェアしていた。海人は相変わらず発音が上手く出来ないが懸命に暮らしていた (2022年9月20日 21時) (レス) id: 7d488f5410 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:おさと | 作成日時:2022年8月28日 16時