S.tiger【病系短編集】15

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Side閑也


如恵留くんが過呼吸を起こしたとちゃかから連絡があったのは、日付も変わった夜中のことだった。


今は落ち着いたというわりに、ちゃかの声は沈みきっている。それを聞いて、俺は迷わず家を飛び出していた。






ラッキーなことに深夜の道路は空いていて、タクシーはあっという間に勤務先の病院に着いた。誰もいない通路を駆け抜けて、如恵留くんの病室に向かう。





閑「…如恵留くん?」


如恵留くんはベッドの背もたれに体を預けたまま、真っ赤な目を自分の手に向けていた。



如「…先生。俺、夢見たんだ。ピアノ、思ったように弾けなくなる夢。悪い夢だって思ったんだけどさ、これ現実なんだよね。」


無理して口元を引きつらせる如恵留くんを見ているとたまらない気持ちになって、俺は思わず如恵留くんの手を両手で包んだ。ぽつぽつと、温かい雫が手の甲に落ちる。



如「どうしよう。このまま弾けるようにならなかったら、俺、空っぽのまんまだよ？ピアノ取られたら、俺には何にも残らない。こんなの、死んだほうがマシっ…。」


今までため込んでいた分の思いをぶちまけるように、如恵留くんが泣きわめく。俺はそれを聴きながら、ちゃかが言っていたことの正しさを思い知らされていた。




如恵留くんは、十分に子どもだ。まだ成長しきってない心で辛いことに耐えようとして、壊れる寸前のところまで来てしまった。



閑「…如恵留くん、お話してくれてありがとね。先生が全部聞いたから、もう大丈夫だよ。」

如「え…？」

閑「悪い夢は、人に話すと正夢にはならないんだって。だから、大丈夫。ピアノが弾けないなんてこと、現実にはならない。俺が、させない。」


如恵留くんが小さく息をのんで、俺の顔を見上げる。その目の奥には、隠しきれない希望がともっていた。




これで、いいんだ。回復する期待も、このまま回復しないかもしれない不安も、全部自分で背負わなくたっていい。如恵留くんは、もう十分がんばってる。俺が何とかしてやるって、言ってしまう大人が1人くらいいてもいいじゃないか。


もし、思ったように回復しなかったとしても、それで如恵留くんが俺を責めるとしても、この子が自分を責めずにいられるならそれで十分だ。



…こんなこと、ちゃかに言ったら多分あきれられるけど。




病室の入口の方から聞こえるため息に気づかないふりをしながら、俺は如恵留くんをそっと抱きしめた。

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