常冬の海 ページ10
苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、響は頭を掻いた。彼女が日本からソ連に引き渡された際、その艦名は“響”から“ヴェールヌイ”に改められた。「Верный」とはロシア語で「信頼出来る」を意味する。度重なる攻撃を受けても中々沈まなかった“不死鳥”、響に相応しい名である。
だが、彼女自身はその名で呼ばれる事にずっと微かな違和感を感じていた。と言うより、何か祖国を裏切っている様な罪悪感に駆られていたのだ。自分はよく戦った。それは自負している。だが、最終的に日本が敗北の烙印を押されたとなると、矢張りまだまだ自分達戦艦に出来る事はあったのだろう。そんな気がする。少なくとも、響はそう信じていた。例え、今の国民達が完全に戦争という物と隔絶され、少しでもその言葉を聞くとアレルギーを起こした様に眉を寄せるようになっていたとしても。そうでも思っていないと、兵器として生まれた自己を保つ事は出来ないからだ。
「そう言えばソ連さんは？ここ最近見ていないと祖国が仰っていましたが……」
「ああ、あの子なら今は隠居中だよ。一日中部屋に篭って歴史書ばっかり」
「自分が後世でどんな風に見られているのか知りたいんだって」と言い、ロシアは困った様な微笑みを浮かべた。その碧眼には微かな憐憫が滲んでいる。
ソビエト社会主義共和国連邦。国内で起きた革命によって作られ、国内で起きた分裂によって消えた大国。人類の誰も見た事のない高みを目指しながら、その実矛盾を抱えたまま崩壊した巨大な実験。響が眠っていたカラムジナ沖から出て来た後に読んだ幾つかの本では、そのように記載されていた。
彼女の心象を感じる事は難しい。例外無く名前の前に“旧”を付けられて表記される彼女は、恐らく響よりも「時代の遺物」としての自身を強く自覚しているだろう。それが苦しみなのか虚しさなのか、或いは寧ろ安堵に近い物なのか。嘗て共に仕事をしていた彼女の冷淡な赤い瞳を思い出しながら、響は息を吐いた。錆びついた存在。自分達の様な戦艦や亡国は、もう二度と時代の海を泳ぐ事は出来ないのだろうか。
「さ、行こっか！私の街も昔とすっごく変わったんだよ。案内してあげる！」
暗い雰囲気を敏感に感じ取ったのか向日葵が咲く様な笑顔を見せ、ロシアが響の手を引く。それでも矢張り響は思うのだ。自分の存在は、確かにこの小世界に色を残している。国がある限り、人が居る限り、世界がある限り____生き続けるのだと。自分も、そしてまた彼女も。
××
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十弧(プロフ) - ナ子さん» コメント有難う御座います。身に余るお言葉を頂けて嬉しい限りです…！殆ど好きだけで書き殴っているのでまだまだ至らぬ点など多々見られると思いますが、楽しんで頂けたようで作者冥利につきます。不定期更新ですが、これからも何卒宜しくお願い致します！ (2019年1月19日 15時) (
レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
ナ子 - 読ませていただきました…こんなに面白い文章を書ける人がいたなんて…と少々驚いています。舞台となっているロシアについても細かく描写されていて尊敬します。これからも頑張ってください！ (2019年1月19日 9時) (レス) id: 5e3a342151 (このIDを非表示/違反報告)
十弧(プロフ) - 白林檎さん» コメント有難う御座います。そのような温かいお言葉を頂けて嬉しい限りで御座います…！一次創作は初めての試みで慣れない事もありますが、楽しんで頂けて幸いです。これからもご期待に添えるよう精進して参りますので、何卒宜しくお願い致します！ (2018年9月2日 18時) (レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
白林檎(プロフ) - 初コメ失礼します。とても繊細な文章、作者様の語彙の豊富さが垣間見えるようです。占いツクールでこのような良作に出会えたことに感謝します笑 一次創作は中々売れづらいとは思いますが、応援しています。頑張って下さい！ (2018年9月2日 17時) (携帯から) (レス) id: b3533b2202 (このIDを非表示/違反報告)
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