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カクテルは錯覚する ページ6

「それもだ。つい先程耳にしたのだが、私が成し得なかった発明を一歩進める事に成功した奴がいるというじゃないか。どうだ?そいつの名を知りたいか?」

空のグラスを顔の前で振り乍ら、アナスタシヤがリーリヤの方へ身を乗り出す。既に白い肌は赤く染まり、二つの赤褐色の瞳は虚ろだ。彼女はあまり酒に強い方ではない。その癖、嫌な事があればセーブせずに流し込むものだから、酔った彼女にリーリヤが面倒な絡まれ方をされるのも一度や二度ではなかった。因みに、リーリヤ自身は家族揃ってALDH2活性型の体質だ。
“此れは逃げれないな。”リーリヤはぼんやりと覚悟を決め、「教えてくれると嬉しい、かな」と曖昧に頷いた。その答えを待ってましたとばかりに、アナスタシヤがにやりと笑って口を開く。

「エーヴァ・イワノワ。知ってるだろう?斯界の最高権威者だ。良いよなあ、金も信頼も後ろ盾もある大先生は」

どん、と鈍い音を立ててアナスタシヤはテーブルに突っ伏した。火照った肌よりも更に赤い髪が、リーリヤの指先を擽る。其の絹糸に指を通し、彼女は目の前で酒の海に飛び込もうとしている友人を見下ろした。
エーヴァ・イワノワは、確かに素晴らしい学者だ。天才的な頭脳、方々から投資される潤沢な資金、人を惹きつける不可思議な魅力、常に新しい事に挑戦する行動力。そのどれもが、アナスタシヤには備わっていない物だった。彼女もそこらの三流と比べれば有能である事に間違いは無いのだが、やはり両者の間には埋められぬ溝がある。

「なあ、なんでだろうな。結局この世界、金を持ってる奴が成功する。労働者が見捨てられない世界を、なんて喧伝してたけどよ。あの二回の大革命に意味なんてあったのか?やっぱり最後に笑うのは金持ちじゃないか」

酔いで口調が素に戻ったアナスタシヤの呟きは、狭い酒場に放り投げられた。リーリヤはちらりと主人の方を見遣るが、彼はただ黙ってグラスを拭いている。それも其の筈、此処は世間の流れから隔絶された場所だ。どんな思想の持ち主がどんな事を言おうと、それを取り締まる者は居ない。

リーリヤはウォトカの瓶に直接口をつけ、中身を空にした。アルコールが唇を、舌を、喉を、胃を、心を焼いて行く。彼女は暫しその余韻に浸った後、襲い来る倦怠感に任せて瞼を閉じた。例え明日になっても、来月になっても、来年になっても、此の身が朽ちて土に還っても。この夜更けに感じた諦念は、分解されやしないのだろう。


夜が明ける。


××

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十弧(プロフ) - ナ子さん» コメント有難う御座います。身に余るお言葉を頂けて嬉しい限りです…!殆ど好きだけで書き殴っているのでまだまだ至らぬ点など多々見られると思いますが、楽しんで頂けたようで作者冥利につきます。不定期更新ですが、これからも何卒宜しくお願い致します! (2019年1月19日 15時) (レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
ナ子 - 読ませていただきました…こんなに面白い文章を書ける人がいたなんて…と少々驚いています。舞台となっているロシアについても細かく描写されていて尊敬します。これからも頑張ってください! (2019年1月19日 9時) (レス) id: 5e3a342151 (このIDを非表示/違反報告)
十弧(プロフ) - 白林檎さん» コメント有難う御座います。そのような温かいお言葉を頂けて嬉しい限りで御座います…!一次創作は初めての試みで慣れない事もありますが、楽しんで頂けて幸いです。これからもご期待に添えるよう精進して参りますので、何卒宜しくお願い致します! (2018年9月2日 18時) (レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
白林檎(プロフ) - 初コメ失礼します。とても繊細な文章、作者様の語彙の豊富さが垣間見えるようです。占いツクールでこのような良作に出会えたことに感謝します笑 一次創作は中々売れづらいとは思いますが、応援しています。頑張って下さい! (2018年9月2日 17時) (携帯から) (レス) id: b3533b2202 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:十弧 | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2018年9月1日 0時

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