紫煙にくちづけ ページ13
Aは確かにNKVD将校として国家に忠誠を誓い、反革命的な人物の摘発や尋問、場合によっては処刑もしている。だが、それは全て建前上の言わばポーズだ。ウクライナ飢饉を目の当たりにした彼女は気が付いていた。この国の指導部は驚く程矛盾だらけでありながら、それを必死に隠し通して国民を操っている。失敗しても中々それを認めようとはせず、既に無意味だと分かった政策を形ばかりで押し通す。それが罷り通ってしまうのがこのソ連という国____否、共産党という強大な独裁政党なのだと。
「んじゃまあ運び出しますか。ゲーラ、宜しく」
「はいはい。あーあ、遂にAまで僕を顎で使うようになったか」
「死体じゃないだけマシだと思え」
餓死寸前の人間を前に不謹慎な発言をしたレフを軽く睨み、ゲオルギーは少女を抱きかかえて部屋を後にした。彼は基本的に善人である。きっと、今も平然とした風を装いながら密かに心を痛めているのだろう。だかしかし、この
部屋に静寂が降りて来る。純白のローブを纏い、わざとらしい程厳かな表情を作った静けさが。Aはふと自分が銜えるべき物を銜えていない事を思い出し、何か“反革命”的な書物やら手紙やらが無いか卓上を漁っていたレフに「煙草持ってない？」と軽い調子で尋ねた。
彼のアメジストの瞳がAを一瞬だけ捉える。レフは「ああ」と呟いてつかつかとブーツの底を響かせながらAの元へ歩み寄り、自分よりもかなり背丈の低い彼女の胸倉を乱暴に掴んだ。重なり合った唇は妙に冷たかった。
「……相変わらず最悪の味だね」
レフの口内から流れ込んで来たカズベクの煙を肺に落とし込み、Aが顔を顰める。レフはふっと嘲るような笑みを浮かべると部屋を出て行った。
彼の瞳を支配していた紫が脳内でちらつく。久々に口付けを交わしたからだろうか。ふと、初めて会った時にレフがレニングラードの出だと話していた事を思い出した。歳の離れた妹が居るという事も。まだ家族が居るであろう故郷がこんな事になっていると言うのにつくづく薄情な奴だ。
そう言えば、先程見つけた少女の目も紫色だった。これは果たして偶然だろうか。きっと偶然なのだろう。
××
犠牲者の方々、また包囲戦の最中に日記を残した少女ターニャ・サヴィチェワを偲んで。
続く
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十弧(プロフ) - ナ子さん» コメント有難う御座います。身に余るお言葉を頂けて嬉しい限りです…！殆ど好きだけで書き殴っているのでまだまだ至らぬ点など多々見られると思いますが、楽しんで頂けたようで作者冥利につきます。不定期更新ですが、これからも何卒宜しくお願い致します！ (2019年1月19日 15時) (
レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
ナ子 - 読ませていただきました…こんなに面白い文章を書ける人がいたなんて…と少々驚いています。舞台となっているロシアについても細かく描写されていて尊敬します。これからも頑張ってください！ (2019年1月19日 9時) (レス) id: 5e3a342151 (このIDを非表示/違反報告)
十弧(プロフ) - 白林檎さん» コメント有難う御座います。そのような温かいお言葉を頂けて嬉しい限りで御座います…！一次創作は初めての試みで慣れない事もありますが、楽しんで頂けて幸いです。これからもご期待に添えるよう精進して参りますので、何卒宜しくお願い致します！ (2018年9月2日 18時) (レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
白林檎(プロフ) - 初コメ失礼します。とても繊細な文章、作者様の語彙の豊富さが垣間見えるようです。占いツクールでこのような良作に出会えたことに感謝します笑 一次創作は中々売れづらいとは思いますが、応援しています。頑張って下さい！ (2018年9月2日 17時) (携帯から) (レス) id: b3533b2202 (このIDを非表示/違反報告)
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