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案外良いスタートを切れた、と思いつつ月見が寝室へ向かおうとした時。突然その場を支配していた静寂を破り、ガタンという鈍い音が室内に響き渡った。彼女の視線がリビングの隅に置かれたクローゼットへと移動する。木目調が温かさを醸し出す、特に何の変哲も無い普通のクローゼット。月見が身動き一つせずじっとその把手部分を凝視していると、またもクローゼットが横に二、三度揺れた。
目の奥で遥か昔に観た陳腐な心霊番組のワンシーンがちらつく。新生活。古ぼけたアパート。前の住人が置いていった家具。不吉なものの存在を感じさせるシチュエーション。しかし月見の心に湧き上がって来たのは恐怖ではなく____幼子が持つ様な純粋な好奇心だった。

月見はスーツケースから手を離し、つかつかとクローゼットへ歩み寄った。性格に合わず好奇心旺盛なのは自分でも理解している。考えてもみて欲しい。目の前で超自然的な事象が起こっているというのに、その原因を探ってみようと思わない馬鹿がどこにいる?霊など端から信じてもいないが、来ると言うのなら来い。死んでいるのに自己主張が激し過ぎだと指摘してやろう。
錆びかけた鉄製の把手を掴み、躊躇無く自身の方へ引く。木が軋む耳障りな音が鼓膜を揺らした次の瞬間、月見は何かが物凄いスピードでクローゼットから這い出て来るのを辛うじて視界の端に捉えた。


「いやー……ほんっとうに申し訳ない!」


人間本当に驚いた時は声が出ないと聞いたことがあるが、あれは真実なのだろうか。真実だろう。少なくとも月見の場合に限っては。
自身の目の前で綺麗な土下座を決めている人物に対し、彼女は無言で答えた。と言うより答えるしかなかった。そうだろう。新居のクローゼットから突然見知らぬ人間が飛び出し、あまつさえ膝をついて許しを乞うような言葉を吐いたのだから。まだ霊の類の方が信憑性がある。

しかし、月見は持ち前の冷静さによって数秒後には混乱による硬直状態から抜け出していた。そして未だ四つん這いになったまま「すまなかった」だの「まさか人が越して来るとは」だの一人でペラペラ喋り続ける人物を一瞥し、首から下げた携帯に手を触れた。見た所敵対意思は無さそうだが、何はともあれこういう人間は警察という治安維持機関に任せておく方が良い。まさか初日に警察沙汰に巻き込まれるとは思ってもいなかったが。

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作者名:十弧 | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2019年2月12日 16時

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