歌姫の婚約者はペットショップ経営者2【松野千冬】 (ページ7)

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Aがデビューして以降、日本では2人で外出なんて、ほとんどできなかった

このハワイでは、日本人観光客は多いが、あまり俺たちを気にする人はいない

Aも日本では目深に帽子をかぶってサングラスも必需品だが、ここではそこまでしなくても大丈夫なようだ

つばの広い帽子をかぶるだけで、サングラスはしていない

時々すれ違う日本人観光客がひそひそと話をしているのが聞こえた

あれ、歌手のAじゃない？

ホントだ、一緒にいるのが噂の婚約者かな

でも、Aが変装もしないでいるわけないよ

ホテルの部屋から見えるサンセット

2人で並んで、部屋のベランダから鑑賞する

オレンジ色の太陽がゆっくりと沈んでいく

こうしてゆっくりとAと時間を共有するのは、いつぶりだろう…

ちらっとAを盗み見ると、その視線は沈む太陽に向けられている

俺の視線に気がついたのか、少しだけ首を傾げた

千冬
「俺さ、今回の旅行で、絶対にお前の声を取り戻すって決めてんだ
　声が出なくなった原因は、俺だろ？
　だから、話して欲しいんだ
　俺がまだ知らない別の世界線で、何があったのか
　お前がここまで、いろんなことに必死になっている理由も…」

俺の言葉に、Aは俯き、そして顔を上げた

夕日に照らされるA

何かを決意したような表情だ

そっと差し出されたAの手

…握手、か…？

Aの口元が動いた

声は出ないが、何を言っているのかは、口元の動きでわかる

A
『話すと長くなるから、見てきてよ、私の記憶を』

千冬
「…記憶を、みる…？」

A
『私が見てきた世界線は、どれも辛かった
　それを見る覚悟が、千冬にある？』

千冬
「当たり前だろ
　何があっても、俺はお前を守るから
　俺、逃げねぇから
　マスコミからも、ファンからも、どんな誹謗中傷を受けたとしても
　お前のことを信じるし、支えるから」

A
『…逃げない、か…
　なら私ももう逃げない
　だから私の記憶、見てきて…』

きっと、ヒントがあるはずだ

Aの声を取り戻すために…

俺がAの手を握ると、いつかのようにビリっと電流のようなものが走った気がした

そして、まるで映画のように、いろいろな映像が目の前と頭の中で再生されていく…
　