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「え、えっと、私この後大学の講義があって…。」
「講義、何時までですか？待ちます。言ってもらえれば、大学まで行きます。」
それはさすがに申し訳ないからと、私は17時にはここに戻ってくることを約束した。このお店は、ちょうど17時まで。閉店後の店内で、話そうと言われた。
それから大学に戻って講義を受けていても、私は気が気じゃなかった。あの人は、どうして急に切羽詰まった顔になったんだろう。私が、何か良くないことをしたんだろうか。
考えても答えの出ない問いで悶々としたまま、約束の時間に間に合うようにあのカフェに向かった。
“CLOSED”の札がかかったドアを押し開けて、店内に入る。昼間私が座っていた席に、あの店員さんはいた。
「すみません。わざわざ、戻ってきてもらっちゃって。」
「いえ…。」
仕事終わりの店員さんは、水色の薄手のニットを着て、耳には小ぶりのピアスまでつけていた。なんとなく直視できなくて、そのまま向かいの席に腰を下ろす。
「…あの、昼間使ってた栞って、どこかで拾ったものだったりしますか？」
「え、？……たしか、あれは」
私は鞄から本を取り出して、栞を抜き出した。桜の押し花の、栞。たしかこれは、中学生の頃知らない男の子がおそらく本に挟んだままにしていて、返したかったけれど結局会うことが出来なくて……
「…あの。店員さん、昔違う所にお住まいじゃなかったですか？」
それから、私は地元の名前を口にした。途端に、優しげな目が大きく見開かれる。
「懐かしいな…。中3の頃、少しだけ住んでました。」
「やっぱり…！私も、そこに住んでいて。図書館で借りたい本があったんですけど、違う方が先に持っていたんです。結局譲っていただいたんですけど、その本の中にこれが挟まったままになっていて…。」
話しているうちに、私の頭にはあの日の映像が鮮やかに流れ出していた。
店員さんが、あの日のことを覚えていたのかはわからない。でも、栞を見つめているその目を見るだけで、この栞が本当に店員さんにとって大切なものだったんだとわかる。私は、なぜかそれだけで充分だという気持ちになった。
「…ありがとう。」
涙を溜めた目が、不意に私をとらえる。その綺麗な泣き顔は、私の胸をじんわりと甘い温もりで満たした。
「いつ見きとてか」終
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作者名：おさと | 作成日時：2023年3月18日 13時
