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「いらっしゃいませ！」
本当に来てくださって嬉しいです、と例の店員さんが小さな声でほほ笑みかけてくる。私は、ただお辞儀を返すので精いっぱいだった。
あれからこのお店に来るのは、今日で３回目になる。あの店員さんは毎日いるわけではないらしく、顔を合わせるのは入学式のあの日以来だった。
他のお客さんのところにコーヒーを持っていく店員さんの横顔を盗み見ながら、私は小さくため息をついた。やっぱり、間違いない。
私が、都内で初めて乗った電車。あの車内で、私の方言を「懐かしい」と言ったあの人とこの店員さんは、同じ人だ。
「懐かしい」と言ったからには同郷の可能性もあるけれど、こっちから声をかけようとは思わない。むしろ、忘れていてほしかった。だってあんなの、おばあさんのお説教みたいな言葉だから。
「…おかわり、いかがですか？」
「えっ。あ、はい。いただきます…。」
ぼうっと見ていたら、コーヒーのおかわりを欲しがっていると勘違いされたらしい。店員さんが私に近づいてきて、声をかけてきた。
「…すごい。何の本読んでるんですか？」
「え？あ、これ…。百人一首の本です。ご存じですか？」
「あ〜、知ってます。学校の授業で覚えろって言われたんですけど、やっぱり難しくて。結局、諦めちゃいました。」
肩をすくめて、店員さんが小さく笑う。茶目っ気のあるかわいい笑顔。その表情に、電車の記憶よりもっと遠い、かすかな懐かしさを感じた時だった。
「…これって、」
「え？」
店員さんの視線が、テーブルの上のある一点で釘付けになっている。その視線をたどると、本からはみ出した栞があった。
「……あの。この後、少しお話しできませんか？できれば、２人で。」
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作者名：おさと | 作成日時：2023年3月18日 13時
